うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

「陰謀論」について考えたこと続き。「知りたい情報をすぐに調べられる」という言葉の矛盾。

【スポンサーリンク】

 

www.saiusaruzzz.com

 

前回の記事に関連しての補足。

「ネットは、知りたい情報をすぐに調べられて便利」だ。

日常でも何気なく使う表現だが、「陰謀論」について考えるときは、少し警戒したほうがいいかものかもしれない。

 

「『知りたい』情報」という言葉を使っている時点で、既に「その情報がある」ということを知っている、もしくは予測しているということだからだ。

この場合の予測は、「その情報があると予測」→「だから存在すると思われる情報を知りたい」ではなく、「知りたい(あって欲しい)という願望」→「自分が知りたいから存在すると予測する」に転倒しているのではないか、ということに警戒することが大切だと思うのだ。*1

 

文章にして説明すると「どちらでもよくないか」「そんなに差があるのか」と思うような細かい話に聞こえる。

だが陰謀論にハマる過程としてよく言われる

「ひとつの情報から関連する情報を次々と紹介されて、それを次々と見て自分の内部のストーリーを補強していく状態」

は、こういう状態ではないかと思う。

 

①人は自分の価値観や願望に合う言説に触れていたい習性

プラットフォームに出来るだけ滞在させるために①の性質を助長する仕組みが強烈に働いている。

③その人が信じていること(もしくは信じたいこと)を、別のルートから渡すのが「偽書作成の秘訣」

 

陰謀論にハマる過程は、こういう条件が組み合わさってその論が補強されていく。

その鳥羽口が「知りたい情報」という言葉としては矛盾した概念に隠されているのではないかと思う。

知らない情報なのに、存在するはずだと思っている。

これだけ情報が溢れている時代なので、大抵の情報はあるはずだ、言葉として矛盾していても実感として間違っていないというのはそう思う。(自分もネットで調べものはする)

 

ただ前回の記事で書いた

自分の実感がなく好きにこねくり回せてしまう概念。

今は大量の情報を手軽に手に入れられる時代なので、自分の中の結果に即した情報を選んで加工すればいくらでもそれらしい(だから自分も信じてしまう)ストーリーを組み上げることが出来る。

この組み合わせには気をつけたほうがいいと思った。

 

話をまとめると「陰謀論」は、

①「自分が知りたい情報」を調べたい。それは「『自分が知りたいから』あるはずだ」という予測→その予測が当たるまで情報を調べ続ける。

②「予測が当たった→だから事実だ」ということを根拠にして、ストーリーを生成する。(これだけ情報が溢れている時代なので、調べ続ければ必ず『予測を当てる情報』は出てくる)

③そのストーリーに即した情報を集め続けて(集めなくても関連検索ですすめられる)ストーリーを補強する。

④その人の中では少なくともそのストーリーは真実であるため(その情報を調べた、触れ続けたという労力を払う情熱自体は、その人にとって実感がある事実であるため)自分にとっての真実である世界観を主張する。

⑤「主張すること」によって、その主張がその人自身の居場所になる。(自分の認識という箱から出られない状態)

 

恐らくこういう過程をたどるのではないかと思っている。

 

こういうことを考えて書くのは、「陰謀論のような馬鹿げた話にハマるなんて不思議だ」「そういう人をどうにかしたい」(前回書いた通り、それは他人には難しい)と思っているからではなく、この過程と仕組みは人間のバグをついているために、誰であれ(自分も)一度ハマると逃れられないのではないかという怖さを感じるからだ。

 

「陰謀論」に関しては何が一番問題かと言うと、「関連するもの」を出してくるシステムだと思っている。

「自分というバイアス」の中に閉じ込めて行くシステムなのだ

このシステムは「買い物」などの実体に即したことでさえ、(便利だが)ふと怖く感じる時がある。

「あなたが過去に検索した商品」「あなたが購入した商品」「あなたが興味ありそうなもの」どこまで行っても「自分」しかなく、余りに便利で心地良すぎる。

 

人は自分の認識で生きているのだから、「自分というバイアス」を完全に外すのは不可能だ。これほど情報が溢れていて全ての情報を網羅することが不可能な時代に、「自分」という基準を外して情報を取得すれば情報の意味自体がなくなってしまう。

ただそういうことを踏まえても、今のネットの仕組みは余りに「自分というバイアス」に対して無防備すぎて、しかもそれを最大限助長する仕組みも多い。

「実感がないため概念として扱えてしまうが、本来は概念ではない分野」については、特に気をつけないとな、と改めて思った。

 

 

「自分(と自分に考えが近い人たち)という狭い箱に入ってしまっている状態」がわかりやすいのが、連合赤軍事件。

箱の外から見ると荒唐無稽な話なのに、箱の中に入るとそれがまったくわからなくなってしまう。その箱が「個人の認識能力の限界」を模したものだ。

なので日々「その箱にいかに入らないようにするか」を考えることがとても重要に感じる。全く入らないのは不可能なので、難しいなと思うけれど。

www.saiusaruzzz.com

 

続いた。

www.saiusaruzzz.com

 

*1:あくまで陰謀論などの思想や概念の話の場合。例えば「自分に合う枕が知りたい」などの情報だったら、「知りたい」が先行しても問題ないと思う。