病的な嘘つきがいる。
ある日、こんなことを言い出した。
「ボクのことを嘘つきだと思っているのだろうけれど、これから言うことは掛け値なしの真実だ。信じてくれるかい?」
うなずくと、病的な嘘つきは話し出した。
「ボクはこの前、人を殴った。そいつがとても理不尽なことをしたからだ。そうしたら、そいつは死んでしまった。そのあと、人を三人殴った。そのうち二人は死んで、一人は生き残った。生き残った一人は、近くの病院に運ばれた」
「だからボクは、生き残った一人を、もう一度、病院まで殺しに行った。そうしたら、そいつはもう死んでいたんだ」
「ボクは頭にきたよ。何で、ボクが行くまで生きていないんだってね。あんまり頭にきたから、病院の看護師二人と医者を一人と外に出て、ちょうど通りかかった人を三人殺してしまった。悪いことだとは分かっていたんだけれど、何しろ余りに頭にきたから」
「ところが、そのうちの一人が生き返ったんだ。ボクは混乱したよ。人が生き返るなんて。そんなのってない。正しくない。あってはならないことだ。だからもう一度、殺そうと思ったのだけれど、そいつは死なないんだ」
病的な嘘つきは、ため息をついた。
「ところで、結局、ボクは何人殺したんだろう?」
聞かれたので、考えてみた。
少し考えた末、思う。
0人じゃないだろうか。
何しろ、相手は病的な嘘つきなのだ。
この話自体が嘘だろう、恐らく。
そう答えると、病的な嘘つきは、ひどく悲しそうな顔をした。
「ひどいね。ボクのことを病的な嘘つきだと思っているのは、君だけだよ。君にとっては、誰も彼も病的な嘘つきなんだろうね、きっと」
では、あなたは病的な嘘つきではないのか?
「もちろん」
病的な嘘つきは、深くうなずく。
「だって、ボクが君にウソをついたことが一度でもあるか?」
じゃあ、何人殺したんだ?
「九人」
病的な嘘つきは即答する。
いやいや、八人だろう。ちゃんと数えて……。
病的な嘘つきは、きっぱりと言う。
「九人だよ」
いやいや、だって最初に殴って死んだ人がいて、そのあと……。
「君はずいぶん、細かいことにこだわるんだな」
病的な嘘つきが、軽蔑したように言う。
「死んだのが八人だろうが九人だろうが、ボクは人を殺してしまったんだ。ボクは罪人なんだよ。許されるはずがない。そうだろう? たとえ一人でも二人でも、何百人でも人を殺した罪の深さに関係はない」
それはそうかもしれないけれど、いま問題なのは、殺したのは何人かという話で、九人じゃなくて八人……。
「ボクのことをきちんと見てくれれば分かる。ボクが罰せられるべき人間だって。一体、君は何を言っているんだ? 君にとって、人間は数字なのか?」
はあ……、すみません……。そういうわけではなく……。
「でも、最後の一人は生き返ったんだ。殺したと思ったのに。殺したボクも悪いけれど、生き返るなんてそれも正しくないよ。ボクは正しくないことが許せないんだ。生き返るなんて、自然の摂理を、生命を侮辱している。人は死ぬからこそ、人生を懸命に生きられるんだ。君もそう思うだろう?ボクは許せないんだ、そういうのは」
病的な嘘つきは、真剣な顔をしてそうきっぱりと言いきる。
「誰であろうと、人間の命の尊さを侮辱する奴は許せないんだ」
それは分かったけれど、ところで死んだのは八人ですよね?
病的な嘘つきは、非難するような口調で言う。
「九人だよ。人の命は軽く扱ったり、忘れ去っていいものじゃないんだ」
いや、おまえ……。
お前がそれを言うか……。
病的な嘘つきが、不思議そうに聞いてくる。
「ボクは何か間違ったことを言っているかな」
次の日、病的な嘘つきはこんな記事をアップする。
「昨日、病的なウソつきがボクと話をした、という記事を書きました。ボクが八人殺したとか、訳のわからないことを言います。例えウソでも、そういう命を軽く扱う言葉が許せません。世の中には似たような事件も起こっているのに、そんなウソをつくなんて……なんたらかんたら」
人を病的なウソつきよばわりしやがって。それはお前だろ。
しかもエア言及かよ。
頭にくる。
でも、それでも病的な嘘つきが話すたびに、耳を傾けてしまう。
実はこっそり購読までしている。
でもブクマはつけない。スターもつけない。意地でも。
読むだけだ。
この先もずっと。