うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語るブログ。

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【ネタバレあり】「鉄血のオルフェンズ」オルガはなぜ火星の王になれなかったか?など、物語内の人間関係について。

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「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」全50話を見終わった。

不満があるのもわかる。批判があるのもわかる。

でも、自分にとっては、とても素晴らしい物語だった。

この物語がどういう物語で、それをどういう手法で訴えていたのか。という全体の総評めいたものは、後々ゆっくり語りたいと思う。

 

(追記)ネタバレ感想&総評を書きました。

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「鉄血のオルフェンズ」は群像劇であり、色々なテーマが重層的に詰め込まれているので、語ろうと思えばありとあらゆる角度から、色々なことが語れる。(これをひとつの物語にまとめ上げたという一点だけでも、驚異的なことだと思う。)

どの登場人物の視点で物事を見るか、それを変えるだけでまるで違う物語になる。

 

純粋な物語の筋以外のストーリーラインで自分が一番興味を持ったのは、オルガの苦悩の物語だ。(二期は、ずっとこれだった。)

優しさや責任感、そういった美徳がこれほど人を追い詰めるのか、と見ていて辛かった。

鉄華団の面々は一人一人は割と好きだが(特にユージンが好きだ)、それでもオルガのことを思うと全員張り倒したくなる。

 

オルガはなぜ、火星の王になれなかったのか? 

ということを含めて、様々な観点から「鉄血のオルフェンズ」の人間関係について語りたい。

 

 

オルガはリーダーに向いていない

「鉄血のオルフェンズ」を最後まで見ると分かるのだが、オルガは実はリーダーには向いていない。少なくとも、戦乱時のリーダーや立ち上げ時の組織のリーダーには向いていない。

ラスタルやクーデリアと比べると、その向いていなさは残酷なほど明らかだ。

 

一番びっくりしたのは、明確なビジョン(大義や理想)がなかったことに死ぬ直前に「初めて気づいた」ことだ。

このあとオルガは「たどり着く場所なんて初めからなくて、とまらねえ限り道は続く」と言って死ぬ。

 

鉄華団という組織の目標である「たどり着くべき場所」は、実は初めからなかった。

 

衝撃的な事実だが、これを聞いたとき、オルガがどれほど無理をして鉄華団を引っ張ってきたのかということに気づく。

そもそもオルガには、クーデリアやマクギリス、ラスタルと違い、「社会をこうしよう」などという明確な理想や大義はなかった。

彼の目標は「鉄華団のみんなを守りたい」「斬ったはったなどせずとも暮らせるようにしてやりたい」という、非常に実利的であり、実利的でありながらきわめて抽象的なものだった。

 

鉄華団は多くの矛盾を抱えている組織である。

 

「家族」でありながら、「会社」になった。

「家族」でありながら、血縁ではなく思想で結ばれている。

斬ったはったをしない生活を手に入れるために、斬ったはったをしなければならない。

仲間を守るために、仲間が死ななければならない。

個々に固定の役割が違うのに、仲間の命は等価であると考えている。

 

ざっと考えるだけで、これだけの矛盾を持っている。

本来は矛盾があるのだから、その矛盾をどう解消するか、どう折り合いをつけていくかということを考えなければならない。

しかし鉄華団は、オルガ以外の人間は全員オルガに思考を預けている。

「考えるのはオルガの仕事」と言って、この矛盾に満ちた状況も責任も、すべてオルガに背負わせている。

 

これがラスタルやマクギリスのように、本当に命をチップとして換算する視点も持てる人間ならばいい。

恐らく死んでいった仲間も「理想実現のためには、仕方がない犠牲」と割り切れるだろう。

ラスタルがオルガの立場であればジャスレイともうまくやっただろうし、マクギリスの誘いに乗るふりをしてラスタルともつながっただろうし、ライドを庇って死ななかっただろう。

組織のために、リーダーである自分は死ぬわけにはいかない。そういう考えを貫いただろう。

 

だがオルガは違う。

「みんなを辿りつく場所に連れていくために、仲間を危険にさらし、しかも実際に仲間が死ぬ」

二期のオルガはこの矛盾に、ずっと苦しみ続ける。そういう矛盾を繰り返し、そのたびに罪悪感を募らせている。

そして罪悪感が募るたびに、「積まれたチップのぶんだけ、もっとみんなをいいところに連れて行かなければ」という思いを強くする、という最悪のループにハマりこむ。

「みんなで辿りつく場所」はオルガにとって夢でも何でもなく、二期では呪いになってしまっている。

だから名瀬に「今のお前は、とにかく何でもいいからここから降りたいと言っているように見える」と指摘される。

死んでいった仲間の命が、生きている仲間の期待や信頼が重くて背負いきれない。ラスタルやマクギリスのように、部下の命をチップとして換算できる人間とは違う。

オルガにとって、仲間の命は本来、自分の命以上に重いものなのだ。(ライドのことをかばって死んだように。)

その仲間がすでに何十人と死んでいるのである。その重みが積みあがったぶんだけの価値がある場所など、もうどこにも存在しない。

 

「理想のために、何人かが死ぬのは仕方がない」と思えるか思えないかが、ラスタルとオルガの命運を分けた、ひとつのポイントだと思う。

 

大人の目から見た、鉄華団の問題点

鉄華団の人間は、個人としてのオルガには興味がない。

鉄華団で一番問題なのは、オルガに対して「お前は降りたいと言っているように見える」ということを指摘するのが、外部の人間である名瀬しかいない、という点である。

 

鉄華団の人間は、オルガの何を見ているのだろう。

「降りたい」と思うほど苦悩しているところを見て、なおも「オルガを信頼して思考を預けている」と言い続けるのならば、それは一般的な意味では「信頼」とは呼ばない。

彼らは「鉄華団のリーダー」としてのオルガはすごく慕っていると思うけれど、個人としてのオルガに興味があるのだろうか。(物語を見ている限りでは、ないと思う。)

「家族として愛情がある」ことと「その人自身にはまったく興味がない」ということは両立する。むしろ、そういうパターンは非常に多いと思う。(特に親子関係で。)

年少組は仕方がないにしても、年長組はもう少しオルガのことを分かってやろうとすることはできなかったのか。

 

44話でシノが「考えるのは、オルガの仕事」と言っていたことが象徴的だ。

シノが死んだあと、ヤマギは「みんなあんたの言葉を信じて死んでいったんだ」とオルガを責める。「シノや団長の気持ちが分からない」と言い出すが、自分としては今まで思考停止して他人に考えを預けておいてシノを止めることすらしなかったくせに、死んだ途端、オルガを責めるヤマギの気持ちのほうがよほど分からない。

考えることを放棄して「仲間も自分も、オルガを信じて死ぬことがある」と決めているのかと思いきや、それすら徹底されていない。

「思考も行動の責任も感情の処理も、すべてオルガにおっかぶせる気か」と唖然とする。オルガが文句ひとつ言わないことが、また辛い。

 

「大人」から見れば、鉄華団の末路は妥当だった。

この「鉄華団が思考停止している」という問題は、二期で大きくクローズアップされている。「鉄華団がなぜ最終的には、壊滅したのか」というのはこの辺りが問題だ、というのは二期で早い段階から繰り返し言われている。

再三再四にわたる指摘も無視して、思考停止したまま突き進んだ組織がほぼ自滅した、という物語としては妥当なものだったと思う。

 

「鉄血のオルフェンズ」の構成の上手い点は、この指摘を最初のうちにするのが、ラディーチェやガランなど敵方の人間である点だ。

ラディーチェは「ここは地球で、団長はいないのですから」と言っているし、ガランは「自分の頭で考える奴がくると困る」と発言したり、タカキたちを従順な犬に例えている。

的確な指摘なのだが、ラディーチェやガランが敵方の人間で、自分の利益を追求している中での言葉であるために、視聴者の目にも余り尤もらしく映らない。つい鉄華団側の視点に立って「思考停止している問題」を見過ごしてしまう。

そして、事態がのっぴきならない状態になってから、初めて味方であるクーデリアが「彼らは本当に何も知らない」ことを問題視したり、雪之丞が「考えることをやめるなよ」と言い出したりする。(なぜ、もっと早く言わないのか。)

 

44話で雪之丞はもっととんでもないことを言っていて、鉄華団を脱走しようとしたザックに、

「お前みたいのが鉄華団にもっといたら、オルガも楽だったろうに」

と言っている。

雪之丞は「オルガが楽じゃなかった」ことも知っていたし、なぜ楽じゃないのかというと「ザックみたいに自分の頭で考える人間が他にいなかったから」なこと気付いていたのだ。

 

ラディーチェ、ガラン、名瀬、雪之丞という敵味方問わず大人の目から見ると、鉄華団という組織の何が問題であり、そしてその問題の負荷がすべてオルガにかかっていることが明白なのだ。

鉄華団というのは、そういう「本来は背負いきれない組織の矛盾を、オルガが一人で支えることでかろうじて成り立っているが、それが限界に近付いている」組織であり、そういう組織がどういう末路を辿るのかも大人たちの目から見れば分かりきっていたのだと思う。

 

だから一期の最後では、メリビットもずっとそのことを指摘していた。

彼女は二期では完全に言うことを諦めてしまっている。諦めてしまったのもあるし、雪之丞と付き合い始めたので余り他のことに興味がなくなったのでは、とも思える。(一期ではあんなにあれこれ口出ししていたメリビットが、二期では不自然なほど何も言わない。このあたりは、すごいリアルだと思った。)

だが演出上は「メリビットがやっと鉄華団のことを理解した」という風に見えるようになっている。

 

総評で詳しく書くが、「鉄血のオルフェンズ」の面白くも怖い点は、「実際に考えれば恐らくこういうことだろう」ということが、演出の仕方でまったく違う風に見えるところだ。(自分が「鉄血のオルフェンズ」で最も面白いと思うのは、この実際のストーリーラインと演出の乖離だ。たぶん、批判の多くもこの点が鍵になっていると思う。)

 

鉄華団から離れ、自分の頭で物事を考えることを決めたタカキや、もともと自分の頭で物事を考えているザックは正しい。(クーデリアや雪之丞もそう言っている。)

人間は本来、自分で考え行動を決め、その責任を自分で負うべきだと思う。そしてそれこそが大人になる、ということだ。

製作陣もそう考えて、恐らくこの物語作っている。演出でまったく違う風に見えるけれど。

 

考え得る限り、最悪のパターンを描いた物語

三日月とオルガは、最悪の組み合わせ。

「鉄血のオルフェンズ」では自分の理想をかなえるために組織を引っ張るリーダー、それを支える人間たちが何パターンも出てくる。この物語の人間関係は、ほとんど、この「理想を持つリーダー」「それに付き従う人」のパターンで網羅されている。

 

ラスタル ー ガラン・ジュリエッタ

マクギリス - ガエリオ・石動

クーデリア - 被抑圧者

蒔苗 - アンリ

 

あとは多少変形したパターンではあるけれど、

クランク - アイン

イオク - 部下たち

もそうだ。

 

この中で最悪のパターンが「オルガー鉄華団(三日月)」だ。

オルガと三日月の関係というのは、以前に書いた「メンヘラと罪悪感を抱く人」の関係性に非常に似ている。

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オルガは鉄華団のみんなを守るために、三日月の力を借りざるえない。そして三日月はオルガに常に「次は何をすればいいんだ」「どこかに連れていってくれるのだろう?」とプレッシャーをかけ続ける。

三日月は、オルガに罪悪感を背負わせて立ち止まることすら許さない。

これは三日月だけが悪いわけではなく、オルガが「罪悪感を感じやすい」というのも原因としてある。

傍から見ると、最悪の関係性が「ステキな友情」風に描かれているところも「鉄血のオルフェンズ」の怖いところである。

 

三日月やオルガの適性が活かせる、組み合わせを考えてみる。

では誰ならば、オルガや三日月にとって組み合わせとして最適か、ということに考えたい。

 

まず三日月だが、自分はイオクがいいのではないか、と思う。ラスタルもいいが、その場合、三日月がすぐに死んでアッと言う間に物語が終わる気がする。

 

なぜイオクがいいと思うか。

三日月は「オルガがやりたいことが自分のやりたいこと」といい、マクギリスに「君自身の考えを聞いている」と問われても、何も答えないくらいオルガに思考を預けている。ただ唯一、オルガが命を危険にさらすときだけその意思に逆らう。

モビルアーマーとの戦闘のとき、三日月を気遣って「自分がモビルアーマーを止めにいく」というオルガに対して、三日月は「ダメだ」と言っている。

「オルガのやりたいことが自分のやりたいこと」という三日月の言葉は、実は「オルガの命が危険にさらされない限り」という条件付きのものだ。

 

三日月は、何も考えていないわけではない。オルガが命を危険にさらそうとしているときは、自分の考えを述べている。

ここまでくると、なぜ三日月とイオクの関係がいいかは非常にわかりやすい。

イオクは考えなしで、常に自分の命を危険にさらし続けている。イオクの考えで動けばイオクは死んでしまうので、彼を守るために三日月は自分で考えて行動せざるえない。しかも自分が死ねばイオクも遠くない将来死ぬので、自分も生き続けなければならない。

考えることに価値を見出さない三日月が考える続ける、という非常に面白い関係性になる。

 

オルガにとっては誰がいいか。

ガランならばオルガの思考を読み取って、自分が悪者になるなど、オルガに罪悪感を感じさせない方法で奉仕すると思う。

それ以上に相性がいいのが、ガエリオだと思う。

ガエリオはマクギリスとの関係を見ても分かるように、部下として、というよりは、まずは友人として相手に接する。そして相手が何を考えているのかなど、気持ちをとても気にする。

ガエリオであれば、オルガが悩んでいればすぐに気づくだろうし、それをすぐに分かち合おうとするだろう。

それがまさに鉄華団の面々がオルガに対してやればいいのに、と思うことなのだが、三日月たちにはそれができない。

 

マクギリスとガエリオの関係性

マクギリスとガエリオの関係では、ガエリオの身分が問題になっている。

マクギリスはガエリオを友人だと思っていたが、「ボードウィン家の跡継ぎであるガエリオ」に対して心を開いて(認めて)しまうと、自分の「ボードウィン家のような存在を否定する」行動原理と矛盾が生じてしまう。

 

マクギリスという人は子供のころに受けた傷を払しょくするためだけに生きているので、この矛盾を突き詰めれば、アイデンティティが危機に瀕する。

またガエリオのアイデンティティを否定するような理想を受け入れてくれるかという怖さや、それに対する申し訳なさのようなものもあったのだと思う。

マクギリスの側から見れば、「その真意を言わないで、対立したこと」こそが、ガエリオを本当に友達として見ていた証拠だと思う。

 

マクギリスの理想と、ガエリオ自身のアイデンティティとどちらを選ぶのか、そういう二者択一を迫りたくない。仮に迫って自分の理想を選んでもらえなかったときの痛みに耐えられない、そしてまた自分の理想のほうを選んでもらえるはずがない。マクギリス本人はそこまで鮮明な思考にはしていなかったと思うが、突き詰めればこういう心境だったのでは、と思う。

 

ガエリオは、この二者択一を迫られたときにマクギリスの理想をとったと思う。だからあれほど怒ったし、仮面をつけてまでマクギリスまで本当の気持ちを聞こうとしたのだと思う。

この辺りのすれ違いが切ない。

 

マクギリスは鉄華団のリーダーに向いている。オルガはセブンスターズの当主に向いている、というねじれ。

マクギリスと鉄華団というのは、境遇も目指す方向性も似ている。「ファリド家に迎い入れられなかったマクギリス」が鉄華団の面々、という考え方もできる。

マクギリスが鉄華団にいたらリーダーになっただろうし、オルガと違い「仲間の命をチップに換算できる」から火星の王になっただろう。

 

逆にオルガはセブンスターズのどこかの家に生まれていれば、部下から慕われ、公平に的確に仕事をこなすとてもいい当主になっただろう。アインや石動が受けていた差別も、オルガの下でなら是正されたかもしれない。

銀河英雄伝説(知らない人はすまない)でユリアンがロイエンタールを評して「彼は初代の皇帝ではなく、国を安定させる三代目くらいの皇帝ならば、いい統治者になっただろう」みたいなことを言っていたけれど、オルガはまさにそんな感じだ。

 

そう考えると「鉄血のオルフェンズ」は、考え得る限り最悪の関係性、不適材不適所のパターンを描いた物語に見える。

 

オルガがすごく好きだ。

なぜこんなことを書いているのかというと、オルガというキャラがとても好きだからだ。

強い責任感と優しさを持ち、矛盾を一人で抱え込み、罪悪感に押しつぶされそうになりながら、それでも弱音ひとつはかない。

最期の最期まで仲間のことを思い、仲間を守って死んでいった。

「自分はどうなってもいいから、鉄華団の仲間は助けてやってくれ」とラスタルに頼み込んだオルガの気持ちを思うと、本当に胸が痛い。

 

物語の筋としては、鉄華団やオルガがああいう結末に至ったのは妥当だった。ラスタルの判断は正しい。(ラスタルの判断は、常に正しすぎて怖い。)

それでもオルガには生きていて欲しかった。

鉄華団のうち半数くらいは生き残って、自分たちのような存在を作らないために後世を変えるために働くことが示唆されている。

オルガなら、それだけで十分自分は報われたと思いそうだ。(この点、ライドは最後の最後まで、オルガの気持ちよりも自分の気持ちを優先するんだなと思った。)

 

オルガは、こんな風にツラツラ書いたことがぜんぶ分かったうえで、それでも「自分はやっぱり三日月や鉄華団のみんなと出会って、鉄華団のリーダーとして生きることを選ぶ」と確実に言うと思う。

そういうところがいいなあ、と思う。

 

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初めて見たときは、「変な前髪の人」くらいにしか思わなかった。