うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

【小説感想】今邑彩「少女Aの殺人」はミステリーとしてもノワール小説としても良かった。

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*この記事は今邑彩「少女Aの殺人」と宮部みゆき「火車」のネタバレを含んでいます。

 

昔読んだ「金雀枝荘の殺人」が面白かったことを思い出して、今邑彩「少女Aの殺人」を読んでみた。

少女Aの殺人 (中公文庫)

少女Aの殺人 (中公文庫)

  • 作者:今邑彩
  • 発売日: 2012/12/19
  • メディア: Kindle版
 

 

メインのトリックは開始早々気づいたけれど、それでも面白かった。

前半は「高杉殺しの犯人は誰か?」「ラジオに葉書を送ったのは誰なのか?」「何のために送ったのか」といういくつもの謎に引っ張られ、どんどん読み進めてしまう。

前半に提示された謎の真相は、中盤くらいで全容が見えてくる。

そこからは一転して犯人が焦点のノワール小説になる。

「なぜ、彼女は殺人を犯したのか」

「殺人は悪だが、では彼女の立場だったらどうすればよかったのか」

 

社会の陥穽に落ちた「犠牲者」である女性が、自力でその落とし穴から這い上がるために罪を犯す。

……というと、宮部みゆきの「火車」を思い出す。

「火車」が犯人の女性にスポットを当て続けたのに対して、「少女Aの殺人」はラスト近くで犯人に焦点が当たる。

境遇はどちらも苛酷だが、「火車」の場合は相手の身分をのっとるために罪も恨みもない見も知らない女性を殺したのに対して、「少女Aの殺人」は性的虐待の加害者、恐喝者が相手だった。

「火車」と同じ構図で語られると、なんとも後味が悪くやるせない話になりそうなところを、まずは被害者視点、刑事視点のミステリーとして見せるバランスが良さがよかった。

高杉は恐喝という悪事に手を染めたが、義理の娘のいずみには愛情を注ぎ、いずみからも慕われていた。恐喝も最初は、妻の病気を治療費を手に入れるためだった。

養父を殺した可南と同じく、追いつめられ止むにやまれぬ事情がある犯罪だった。

 

可南を追う側の刑事の諏訪は「義理の娘を持つ」「罪の意識を持っている」と何重にも可南と重なる点がある。

可南の罪は追求しながらも、可南個人に対してはその境遇に同情し、その心境に共感する。殺人は許されないことだが、可南のような状態になったときにどうすればよかったのか。そういう読んでいる人間のやり場のない感情を代わりに背負ってくれている。

 

人を殺し時効間近まで隠し続け、大企業の御曹司と結婚とも間近、あと一歩というときに可南の罪は諏訪によって暴かれる。

「ただ、あの女、最後に『こうなって、ほっとした』って言っただろう」(略)「絶望したと同時にほっとしたんだよ。あの女も」

「あの女も?」(略)

「いや、あの女は、さ」(略)

新谷可南が十三年前に埋めたものをたった独りで掘り出さなければならなかったように、諏訪も独りで順子に伝えなければならなかった。

(引用元:「少女Aの殺人」 今邑彩 中央公論新社) 

 可南を捕まえることで、諏訪も娘の順子に、順子の父親の死の真実を伝える決意をする。

 

「火車」のラストで犯人の喬子に声をかけるとき、本間は彼女の罪を暴くことではなく、その罪を含めた「誰も知らなかった、語られずにきた君自身の人生が聞きたい、語って欲しい」という気持ちで喬子を追いかけてきたと述解する。

法や社会の中では彼女たちは「犯罪者」であり、それは動かせない事実だ。

「個人」としての彼女たちの思いやそれぞれの人生や痛み、彼女たちが捨て去らなければならかった物語は語られず葬り去るのではなく、誰かが彼女たちの人生として聞きたい、その痛みを知りたい、と心を寄せることで「誰にも助けてもらえず追い詰められて、結局はそこから逃げられなかった話」ではなく、「そういう状態でも必死に生き抜いてきた話」として誰かの中に残る。

一人でもその痛みを共有してくれようと耳を傾けてくれる人がいたら、現実は何ひとつ変わらないとしても「救いがなくどうしようもないほど追い詰められた自分の人生」のひとつの救いになることもある。

欺瞞*1かもしれないが、誰かの欺瞞が誰かの救いになるかもしれない。(逆も往々にしてあるのでいいことばかりではないけれど)

 

 「十三年前に埋めたもの」を掘り返さなければ、誰ともつながれなくなってしまうことを可南も心のどこかで気づいていたから「ほっとした」。諏訪もそれを知っていた。

可南が「ほっとし」てくれてよかった。可南の罪を暴いたのが諏訪で、諏訪がそのことによって自分の罪と向き合う、という「つながり」があってよかったと思う。

 

バラバラに見えるピースがハマっていく、ミステリー特有の爽快感があり、また出来上がった図を見てもまったく無駄なピースがない。ノワール小説として犯人の人生や心境まで思いを馳せる作りでありながら、いい意味で重さがなく手軽に読める。

細部を見ればここがちょっと物足りない、という部分もあるけれど、「全体像のバランスを見てわざと物足りなくしているのでは」と思わせる。

話としての過不足のないバランス感覚にほれぼれしてしまう。

不恰好だけれど謎の爆発的なエネルギーに満ち溢れている小説も好きだけれど、特にミステリーはこういう「ピタッとハマった美しい寄木細工」みたいな話が好きだ。

 

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「わらの女」のような救いのない話もそれはそれで好き。

わらの女【新訳版】 (創元推理文庫)

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金雀枝荘の殺人 (中公文庫)

金雀枝荘の殺人 (中公文庫)

  • 作者:今邑 彩
  • 発売日: 2013/10/23
  • メディア: 文庫
 

 

 

*1:「火車」の喬子が関根彰子を殺したあとに、彰子のアルバムを大切にとっておいたり、彰子の思い出の場所を訪ねたりしたのはまさに欺瞞だけど、喬子はそれが欺瞞であることを知っていて危険を犯して彰子のためだけにそれを行った。上京してからは誰にも顧みられなかった彰子の人生に思いを寄せたのは、彰子を殺した喬子だけだった、というパラドックス。細部まですごい話だった