*若干ネタバレがあります。未読のかたは注意してください。
剣崎比留子&葉村譲シリーズ第三弾。
「魔眼の匣の殺人」が凄くよかったので、期待値高めで読み出した。
超常的な要素でクローズドサークルが出来て、その中で殺人が起こるというシリーズのお約束を今回も踏襲している。
「屍人荘の殺人」では「リアルライン」(造語)という観点から、「ちょっとどうなんだろう?」と思ったが、二作目三作目となるうちに不自然さがなくなってきた。
ただこのシリーズは「偶然」「特殊な設定」「特定の登場人物の心理状況」に行動や事象の根拠を頼りすぎていることが気になる。
「一般的に」とか「常識では」は現実では余り好きな言葉ではないけれど、全てを書くわけにはいかない以上、読み手との間で一番暗黙の了解をとりやすいものだ。
最近読むものは「特殊な設定」を根拠に持ってきて「そういうものだ」と言うケースが目につく。
「紅蓮館の殺人」もそのあたりが気になったので、最近の流れなのかな。
よくわからない。
特に心理状況は、自分に余り共感できるポイントがないと、「そういう人もいるんです」と言われたら「はあ」というしかない。
今回は前二作とは違い、犯人の気持ちの核となる部分がグッとくるものだった。
だが、それはそれで問題が……。
コウタ×ケイの関係性に萌えすぎて、主筋が割とどうでもよくなるという逆転現象が自分の中で起こってしまった。
仲間を、家族を守るために何十年も戦っている、と思いきや守るつもりが仲間を自分が皆殺しにしていて、しかもその後も罪のない人を化け物だと思って殺し続けている。
そんな悪夢から初恋の女の子を解放することが目的。
何だ、その萌える話は!
この二人の話が読みたかった~~!
というのが一番の感想になってしまった。
「屍人荘の殺人」の時も思ったが、クローズドサークルを作る設定が大ごとすぎて、その中で犯行を行う犯人の心情に今いちリアリティを感じない。
「千載一遇のチャンス」と思いつつ、他のことも色々と(考えている、と言うより)「気をまわしている」感じなので、どうもメタ視点が強くなってしまい入りこみづらい。
「ゲームで遊んでいる人を見ている感覚」になってしまう。
ちょっともったいない。
まあこの辺りは、バランスがかなり難しそう部分だとは思うけれど。
ただ読み終わったあとは、その設定も含めて十分面白く満足した。
いつもながら美しいイラストな上に、今回は雰囲気がすごく好き。
見たことがある絵だなと思ったら、綾辻行人の本のイラストも描いている人か。
遠田志帆さん。
余りの美しさに心を打ち抜かれて画集を買ってしまった。
「殺人鬼」のイラストも好き。
「最後の記憶」のイラストもめっちゃ好み。