うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

ドラマ「Nのために」雑談。「何もしないキャラ」成瀬の魅力、青景島編の強引さ、なぜ希美は最後に死ななければならないのか、など

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前回記事で入らなかった部分の雑談。

 

唯一の不満は、青景島編の展開の強引さ

ドラマ「Nのために」は自分の中では傑作認定だが、「ちょっとここは…」と思う点もある。

つまらないとまでは言わないが、東京編からの吸引力に比べると青景島編は退屈だった。

青景島編が退屈なのは、展開が余りに強引で極端なせいだ。

希美の父親が突然、家族を家から放り出す、というのは狭い地域ではちょっとありえないのではと思う。希美の母親の親が起こした会社なので、地縁や親戚も多いだろうし、会社内部に先代からのつながりもあるだろう。

父親が周りの事情などまったく忖度しないワンマンな性格だ、というなら納得がいくが、世間体を気にして希美の大学の費用を出すことになるので訳がわからない。

体面を気にする性格なら、何の予兆もなくいきなり着のみ着のままで妻子を家から追い出す、というのは考えづらい。

父親の愛人が食べ物を渡すたびに希美を土下座させる、というのも家の中ならわかるが、外でやったら見られてうるさいことになる、と考えないのかな?(実際に成瀬が目撃している。)

展開にも設定にもリアリティが感じられず、「ただ母親を狂わせて、希美を追いつめることだけが目的の設定」に見えてしまう。

青景島編は、希美の母親役の山本未來の怪演が支えていた。

この怪演ぶりが、「こういう妻だから、父親がああいう奇行に走ったのかもしれない」と父親の謎の行動にかろうじて現実味を与えている。

 

青景島編の問題は、ストーリーを動かせる人物がいないところだ。

主人公の希美の環境を劇的に変えるような人物が、両親と成瀬くらいしかいない。後述するように成瀬は「何もしないキャラ」なので、両親との関係を極端にして話を強引に動かすしかなかったのでは、と思う。

「幼少のころから問題があった」などにすればそれほど不自然ではなかったと思うが、「それまで普通に仲良く暮らしていて、周囲とも家族ぐるみで付き合いがある狭い社会の中で、突然妻子を家から追い出し愛人と棲み、なおかつ仕事や周りとの付き合いはそれまで通り続けている」という設定はさすがに無理を感じてしまう。

 

青景島編はほとんど話に入りこめず、「このドラマは面白くなるのか」という不安な気持ちで見ていた。

希美が野ばら荘に入居し、西崎と安藤に出会ってからは、嘘のように話がぐいぐい進み面白くなるのでホッとしたけれど。

 

「ただそばにいるだけの男」成瀬の魅力

「Nのために」を見る前から、成瀬の評判は耳にしていた。

窪田正孝は好きな俳優なので楽しみにしていたが、想像以上だった。

 

成瀬は高校時代からずっと主人公の希美に恋しており、「助けて」と言えない希美が唯一「助けて」と言える相手だ。

成瀬は希美が「助けて」と言えば来てくれる。しかし来てくれるだけで、特に何もしない。成瀬は驚くくらい希美の危機に対して実際的には関与しない(できない)。

 

成瀬というキャラの特異性は、物語内でも説明されている。

西崎が「杉下(希美)が今にも崩れそうな橋の向こうで、『助けて』と呼んでいたらどうするか?」という質問を、安藤と成瀬にする。

安藤は「何だってすると答える。

対して成瀬はこう答える。「呼ばれれば渡ると思います」

安藤は「(渡って)何かする」のだが、成瀬は「渡るだけ」なのだ。

 

安藤はこの答えに限らず、希美のことを理解し色々なことをしてくれる。「簡単に助けて」と言わない希美の性格を分かっており、希美が元気がないことに気づくと会社のイベントに連れ出す。

何も言われなくてもヒロインを理解し助けてくれる、正統派の相手役だ。

対して成瀬は、希美と認識がことごとく食い違う。

希美の「助けて」の合図が分からず、希美の励ましを罵倒と勘違いする。成瀬が大切に思っていたひと言は、希美にとっては「そんなことを言ったけ?」くらいの認識だ。

成瀬は希美を理解し助けるどころか、理解できず誤解ばかりし、ほとんどそばにおらず、実質的には何の助けにもならない。

成瀬は希美に限らず、父親に対してもこういうスタンスだ。父親のことを疑いつつも特に話を聞こうとはせず、父親が倒れたときは東京にいて、駆け付けたときは既に死んでいる。

成瀬は大切な相手と認識を共有できず、働きかけもできない。

成瀬にできることは、「ただそばにいること」なのだ。

 

恋愛関係に限らず、人は普通、大切な人を理解したいと思う。困っていれば何かをしてあげたいと思う。助けてあげたいと願い「何かする」。

安藤のように「何だってする」と思う。

好きな相手のために自分の存在意義を発揮したい、相手の幸せに寄与したい、と思う。

逆に好きな相手の苦しみを見ていることしかできず、自分がいかに相手を幸せにすることができない無力な存在であるかを実感し続けるのは、多くの人にとって耐えきれない苦しみだと思う。

相手が苦しんで困っていても、ただそばにいてその姿を見ている。しかも愛していても、認識がことごとくズレていて理解できない相手なのだ。

 

クリスティが「憎む相手は放っておくことはできるかもしれないが、愛する相手を放っておくことは難しい」と言ったのは至言だ。

相手にしてあげられることが何もなく、自分の無力さや価値のなさを感じても「ただ存在していてくれ」という相手の願いに応える。

「何かしてくれるから好きなわけではない。あなたの存在そのものが、自分にとって救いなのだ」という希美の気持ちに、成瀬は応えることができる。

こういうキャラは、一方的に愛されるだけの人間味のない偶像になりがちだが、成瀬は血肉と愛情を備えたキャラだ。

文字にすると絵空事のように聞こえる成瀬の人物像に血が通っているのは、窪田正孝の力によるところが大きいと思う。配役を考えた人を伏して拝みたい。

船の「がんばれー!」のシーンは何度みても癒される。普段はボソボソ喋るのに、こういうときは全力で叫ぶところが好き。

 

「希美と西崎は同一人物説」を補強する成瀬の態度

前記事で書いた通り、自分は「希美と西崎は概念上は同一人物である」と思っている。

そう思ったのは「野ばら荘の部屋=個人の領域=心」を共有しているからだが、成瀬の西崎に対する態度もそう考えた理由のひとつだ。

 

成瀬が希美の部屋で初めて西崎に会ったとき、西崎は突然、部屋に入ってくる。

「自分が好きな女性の部屋に、同年代の異性がノックもなしに入ってくる」

普通であれば、どういう関係なのか気になるだろう。そうとう親しい関係だと疑ってもおかしくない。

視聴者には、西崎と希美のあいだには恋愛感情はないことがわかっている。

しかし成瀬は、西崎に会うのは初めてだ。希美と西崎の関係も知らない。西崎が部屋に入ったあと、希美も西崎も二人の関係を詳しく説明しない。

にも拘わらず、成瀬は西崎と希美の関係に疑問を持っている様子がない。

成瀬が嫉妬という感情を持たないからか、というと違う。何故なら安藤のことは意識し、嫉妬しているからだ。

 

成瀬が、好きな女性の部屋にノックもなしに入ってくる西崎のことを、「隣りの部屋の人なの」のひと言で、何の疑問もわだかまりもなく受け入れるのは、西崎が希美にとってどういう存在であるか知っているからだ。

成瀬は会った瞬間から、西崎が希美と同一性を持つ人物であるということがわかったのだ。

逆説的に「成瀬が西崎の存在を何の疑問もなく受け入れていることが、西崎と希美の同一性が証明している」。

ドラマ「Nのために」は、こういう描写の連続でできている。一見、ご都合主義の描写に見えて、物語の深層を表す描写をしているところが「Nのために」の面白いところだ。

 

死ぬのがなぜ西崎ではなく、希美なのか

自分の心を守り回復させるために一時的に分裂していても、自分はこの世にたった一人だ。だから最終的には一人に統合されなければならない。

希美が物語で死を宣告されるのは、このためだと思う。

自己回復が果たされ、二人に分裂する理由がなくなれば、希美と西崎のうちどちらかは消滅しなければならない。

ドラマの中で希美が余命宣告されるのは、「西崎と希美が同一人物なので、自己回復し分裂している必要がなくなれば、一人に戻らなければならないからでは」と前回の記事で書いた。

なぜ消えるのが、西崎ではなく希美なのか。

これまでずっと、西崎が「マイナス」を引き受け続けてきたからでは、と思う。

「安藤くんのおかげで償いが終わった。マイナスだった俺がゼロになった。これからはプラスでいくさ」

「母親を捨てる罪悪感」「親殺しの罪」

西崎は、この二つのマイナスをゼロに戻した。

希美は西崎に一時的に負荷(マイナス)を持ってもらうことで、自分の人生を生きることができた。

次に自分が持つマイナスを引き受けゼロに戻すのは、希美でなければならない。

 

他人である成瀬は、希美の死(マイナス)を一緒に背負うことはできない。しかし自らのマイナスを受け入れる希美のそばにいることはできる。

成瀬は最後まで「ただそばにいるだけ」で、存在そのものが希美にとって人生を通じて救いだったのだ。

 

描きたいことがブレないところも良かったなあ。

Nのために (双葉文庫)

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