日本経済新聞の連載をまとめた「ネット興亡記 敗れざる者たち」を読んでいる。
第一章 サイバーエージェントの買収騒動
第二章 ネット回線が民間で使用できるようになるまでどのような経緯があったのか
第三章 iモード誕生秘話
第四章 ヤフーがプラットフォーマーとしての地位を確立するまで
第五章 楽天の創業時の様子
第六章 アマゾン日本上陸
第七章・第八章 ライブドア事件の経緯
現在、ここまで読んだ。
このあとミクシィ、LINE、メルカリ、まとめと続くらしい。
内容が「お話調」になっているので、読みやすい。
関係者の取材も細かく行っており、事実や経緯もきちんと追っているのだけれど、ドラマ仕立ての演出も多いので、鵜呑みにするのは危険かなと思う。
ただそこはそういうものだと思いながら事実や経緯だけを追う、もしくは「楽しむ」と割り切って読むと、夢中になって読んでしまう。
750ページ強の大作だが、長いことが「良かった、まだ続きがある。この本を読める」と思える希有な本だ。
登場人物たちは世間を騒がせた有名人が多いし、現在も活動中で世の中を賑わせている人もいる。
その人たち一人一人については活動、過去、人柄、考え方に色々な意見があると思うけれど、この本についてはあくまでその人たちが関わった特定の事象や経緯について追う、と考えたほうが楽しく読めると思う。
八章まで全章面白かったけれど、特にライブドア事件の話が面白かった。経緯もわかりやすい。
当時、社長だった堀江貴文とファイナス部門を率いてM&Aを主導していた宮内亮治とどこで言い分が食い違っているのか、ということも書かれているのでこの事件に興味がある人は、読んで損はないと思う。
元々なぜあんな事件を引き起こしたかと言えば、ファイナス部門が他の部門から別会社のように切り離されていた、無理をしてでも「成長し続ける企業」という姿を維持することでプラットフォーマーとしての地位を確立する(ヤフーからシェアを奪う)という戦略が下地にあった、という話にはなるほど、と思った。
世間を賑わせた「近鉄買収騒動」や「フジテレビ株買い占め騒動」も、全てこのプラットフォームのシェアを独占するための宣伝方法獲得のためだった、と徹底している。
Amazonも地位を確立すまでは赤字覚悟で投資し続けて、株主から常に突き上げを喰らっていたという話を聞くし、現在、シェア争いをしているキャッシュレス決済の競争を見ても「最初に無理をしてでも、シェアを奪い地位を確立させる」というのは、常套的な戦略ではあるとは思う。
ただ余りに無理をしすぎた。
堀江貴文を始め七人の人間が罪に問われたライブドア事件の枠組みを見ると、こんな複雑な枠組みを作ってまで「成長企業」として見せる意味があるのだろうかと思ってしまう。
(引用元:「ネット興亡記 敗れざる者たち」 杉本貴司 日本経済新聞出版 P390)
表の「VLMA1号、2号」は完全なトンネル会社だったようだ。設立するときに関係者からも「投資もせず、(ライブドアの)株を売るだけのファンドを2つも作るのはいかがなものか」という抵抗があったらしい。
ごもっとも、と言いたくなるが、結局この枠組みで利益が流れ、証券取引法違反に問われた。
罪に問われた部分だけを見ると、「虚業」以外の何者でもない。
それは現場で日々を生きている一人一人の仕事を否定するものでもないけれど、逆に懸命に仕事をしている人たちとは別に、こういうことは何なのかと考えることも必要だと思う。
前に警察の組織と現場の刑事との話でも書いたけれど、「それはそれ、これはこれ」だ。
後にこういった話をまったく知らないライブドアに残った人たちが世間の逆風に遭った、「ライブドア」の名前を出すだけで門前払いを喰らわされ、タクシーから降ろされることもあった、という話は同情する。
当時の騒動は何となくは覚えているけれど、そこまで社員に対して逆風があったとは知らなかった。
事件の後に「火中の栗を拾った」と評される社長に就任した、平松庚三の経歴や過去のエピソードも紹介されている。渡邉恒雄と縁が深いらしい。出てくる人出てくる人有名人ばかりだ。
平松は結局一年余りで社長を辞任したが、株主総会で七時間立ちっぱなしで質問攻めにあう、難病を発病するなど苦労が多かったらしい。
こういう話を聞いて、現在のライブドアの状況を見ると改めてすごいなと思う。
自分も当時は、この会社は消えるだろうなと思っていた。残った人たちが相当頑張ったのだろう。
ライブドア以外では、楽天の創業時の苦労話やiモードの誕生秘話が面白かった。
「iモード」という名称がなかなか決まらず、みんなが「もうこれでいいのでは」と思っていたのに、松永真理だけが名称にこだわり続けたというエピソードが印象的だった。
言葉はそこにあるはずなのに、よく見えないものに強烈な光を当ててくれる。
言葉は『シンデレラ』の魔法使いが使ったような杖のような働きをする。言葉の衣装をまとうことで灰が落とされるのか、とても魅力的なものに生まれ変わるのだ。
それはひとつの会社を生まれ変わらせるほどの力を持っている。
(引用元:「ネット興亡記 敗れざる者たち」 杉本貴司 日本経済新聞出版 P390/太字は引用者)
ここまで言葉に対して信仰心を持てるのがすごい。
この本に出てくる人の大半は、他の部分がどうであるにせよ、何かに対して強い信仰を持っている。その信仰の強烈さが、この本の根底を支えている。
その信仰に共通するものは「ネットはすごい。世界を変える」というものだ。
思い出すと1990年代~2000年代前半は、善悪是非を超えた、ネットという新しい世界に対するすさまじいエネルギーが渦巻いていた。
読んでいても、未知の惑星に飛び立つことを夢見るような、当時の爆発的な希望や「世界が劇的に変わる」期待感でキラキラしている。
その先の現代はどうが、というと意見が分かれるところだと思うけれど、自分はこのころ想像していたものとは少し違った方向に行っていると思っている。
この後は、未知に対する爆発的な希望の先、2000年代後半から2010年代で、ミクシィ、LINE、メルカリの話に続く。楽しみ。