2022年1月9日(日)読売新聞朝刊に掲載された、仏の歴史人口学者エマニュエル・トッドが今後の米中対立について語った話が面白かったので、その感想。(引用箇所は、全て記事から引用)
十四億という過大人口を抱える中国の来るべき人口危機は日本よりも遥かに深刻です。(略)
中国は国外移転の間もなく、急激な労働人口減に直面する。
中国は長期的な地政学的な脅威ではなくなると考えます。
現時点の世界の展望は、今後の世界は米中対立を軸に進んで行く、という見方が主流だと思うけど、トッドの考えはどうも違うらしい。
「中国はさほど脅威でなくなる。その理由が人口減」という考えが興味深かった。
人口減は先進国の共通の課題だけれど、中国は日本以上に急激に起こっているので対応しきれないのではないかという指摘には「そういうものか」と思った。
対応しきれないかどうかはともかく、そのために行っている政策が強引すぎて、さすがに内部から政権への批判が噴出するのではないかと思う。
今もコロナを押さえるために西安でかなり強権的なロックダウンを行っているようだが、中国の人はどこまで我慢するのだろう。
天安門事件を取材した「八九六四」によると中国の国民は、「国が壊れる恐怖を味わっているので、国がなくなるよりは共産党一党独裁でも国があるほうがマシだと考えている」「今は経済が上手くいっていて、豊かな暮らしが出来ている」と考えている人が多いようだが、経済が立ち行かなくなったらどうなるのだろう?
格差問題が深刻で不満も出ているから「共同富裕」を掲げだしたのだろうし。
経済格差が問題になっているのは米国を始め他の国も同じだけれど、中国はやり方が強引すぎて経済そのものが壊れそうな危うさをはらんでいる。
米国の民主主義を私は怪しむ。(略)
高学歴者は富裕層を形成し、政治を自身の有利になるように動かす。不平等は拡大の一途です。
これは自由主義的金権政治です。(略)
私はトランプ前大統領を評価しました。
中国の攻勢に対して保護主義で米国の産業を守り、「世界の警察官」をやめる。人騒がせな言動はともかく、政策はおおむね適切でした。
バイデン氏は「米国は世界の主人」という旧来の戦略思想を捨てていない。
トランプ個人の人格と取った政策を切り分けて考えていて、「政策はおおむね適切だった」と評価している。
国のトップは人格も大切な要素だと思うので、トランプのように利己主義を隠さず言動に信用がおけないと国の利益を損ねてしまうから、政策と切り分けて評価するのは難しいのでは、と思うが、話としてはそういう見方もあるのかと思った。
バイデン政権は中国に対抗する次元を改めた。
前(トランプ)政権は経済の次元でしたが、今は軍事次元を含む。バイデン氏は旧来の戦略思考同様に世界を軍事的優位の観点で捉えているに違いありません。
(太字は引用者)
このインタビューで一番面白かったのは、ここだ。
「トランプは、今まで『世界の警察官』を自認し軍事的次元を重視していた米国の戦略を、極端な経済重視という新たなものに変えた」
「言われてみれば、そうだな」と思ったのだ。
日本人に米国の戦略的思考について考えてもらいたい。
米国の対中戦略が軍事的支配を帯びてきた今、特に大事です。
米国の旧来の戦略思考は国家間の関係を憎悪と捉え、究極的な解決策は戦争としてきました。
(太字は引用者)
トランプはビジネスの感覚で国を運営する面が強く、世界全体という視点がなかったり、自国の損得のみで物事を考えているところがどうかなと思っていたが、裏を返せば「軍事ではなく経済で物事を解決しようとする」。
そう言われればそうかもしれない。
東シナ海、南シナ海、台湾を始めとする諸外国への中国の圧力に対しては、軍事的な抑制を捨てるわけにはいかないだろう、と思う。
その一方で「戦争や軍事は避けたほうがいいもの」というもっと理念的なレベルの話では、意外とトランプの発想のほうが平和的ではないかと言われると、そういう考え方もあるのかと目から鱗だった。(イランのソレイマニ司令官の暗殺とかかなり強引なこともしていなかったっけ? と思ったが、本人は「戦争を始めるつもりはなかった」らしい。だだどう考えても発想が危うすぎると思うが)
バイデン政権も、結局はアフガニスタンからは強引に手を引いた。
台湾に対し主権を断念することはない。(略)
日本は独自の軍備増強も含めて現実的に安保を考える必要があります。(略)
ただ理想主義も重要です。(略)
つまり日本が中国と良好な関係を改めて築くことです。今はその好機と考えています。
米中対決という重大な危機を武力ではなく、分別で解決することは二十一世紀の人類の務めです。
日中関係が改善すれば、米中間の緊張は幾分和らぐでしょう。
(太字は引用者)
正直なことを言えば、中国、というより現在の政権に対しては、余りに強権的で考え方が違いすぎるので、米欧に協力して中国の台頭に抑止的に対抗するしか方法がないのでは、と思う。
ただ、トッドの日本に対する考えは違うようだ。
米の旧来の軍事次元の発想に同調するのではなく、中国と独自に宥和する道を探ったほうが、結果的に米中対立の緩和に役立つ、と理解した。
トッドは「問題は英国ではない。EUなのだ」を読んだときも思ったけれど、基本的な物の見方が保守的だ。
というより人間の考え方の基盤は、生まれ育った環境やその国の社会システムにあると考えているようなので、「保守」から話が出発しているからそう思えるのかもしれない。
米中対立については、中国の政権の現状を見ると楽観的な考え方じゃないかなあと思ってしまうが、米国の現状についての見方は面白かった。
現在執筆中の「冒頭が米中対立から始まる地政学の本」が出たら読んでみようと思った。