うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

【映画感想】「アメリカが最も恐れた男・プーチン」 プーチンの経歴とロシアの時事を追うには便利だが、視点の偏りが難点。

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ウクライナ侵攻よりも前の2018年の作品。

時間が1時間25分と短めなので、手軽に見れる。

 

いいところとしては、プーチンの経歴とロシアの時事との関係が非常にわかりやすい。

KGBに入隊して、旧東ドイツ・ドレスデンに配属される。

東ドイツでベルリンの壁崩壊を経験して祖国に帰ってくる。その直後にソ連が崩壊する。

失職して運転手などをして食いつなぐ苦しい生活を送ったあと、元KGBという経歴を買われて、サンクトペテルブルグの副市長の座につく。

副市長時代に富豪ベレゾフスキーに伝手が出来て、エリツィンを紹介されて大統領府に勤務することになる。

エリツィンは家族の汚職疑惑によって窮地に立たされていたため、大統領職を譲っても自分を訴追しないだろう、ということ一点だけを考えて、無名だったプーチンを後継者に指名する。

 

余りに急激に政治の表舞台に出てきたために、文章で読むだけだとイマイチピンとこなかったけれど、実際の映像を見ながら説明されると、「こういう道筋を歩んで権力の座についたのか」とよくわかる。

 

大統領就任直後に連続テロが起こりチェチェン第二次紛争が起きた、ブッシュ、オバマ、トランプなど歴代の大統領と関係性、2016年のアメリカ大統領選への関与疑惑など時系列順に説明されるのでわかりやすい。

中でも「ああ」と思ったのは、2004年に起こった「ベスラン学校占拠事件」だ。

チェチェンの独立を求める過激派が子供を含む1000人近い人質に取って学校に立てこもった事件で、プーチンが強硬な姿勢を貫いたために何百人という死者が出た。

当時も「何百人という数の子供を人質に取る」「政府が人質を見捨てて突入する決断をする」とショックな事件だったが、詳細を読むとさらに凄惨だったらしい。

ベスラン学校占拠事件 - Wikipedia

プーチンが権力の座についてからの23年の間にロシアで起こったことと、その時代の空気感が伝わってくる。

 

気になったのは、視点がかなり偏っているところだ。

2016年のアメリカの大統領選挙への関与や国内で起こった爆弾テロもベスラン学校占拠事件も、プーチンが(というよりFSBが)権力維持のために仕組んだのではないか、と示唆するなど、国内外で起きた全ての出来事にプーチンが関わっているかのような口ぶりだ。

政敵や事件の背後関係を調べようとした人間が何人も死んだり襲撃されているが、それもプーチンの意を受けて行われたと語られ、「打ち倒せない敵は殺せばいい」(凄いな)というセリフで煽られている。

 

プーチン周辺とアメリカの極右勢力が持ちつ持たれつの関係でアメリカの国内世論を形成している、プーチンの政敵が路上で射殺されたのはプーチンが裏で糸を引いている、ということはありえそうな話だなと思う。

「ロシアでは、汚職よりも暗殺の横行のほうが問題」というのは、事実そういう危機感があるのだろう。

ただ国内の爆弾テロや占拠事件までプーチンが台頭するために仕組んだ、というのはさすがにどうなのだろう。

倫理的な是非はとりあえずおいておいて、功利的な思惑だけで考えたとしてもやり方として危険すぎる。大統領就任直後のようなまだ権力基盤が固まっていない時期にそんな危うい賭けをするかな、と考えるとまずないのではと思う。

仮に事実だっとしても、今の地点では推測の域を出ないことを、あたかも確実性が高いことのように語り、プーチンの表情などで真実かのように印象づける手法には強い疑問を感じる。

陰謀論やフェイクニュースの害悪を語りながら、この作りはちょっとない。

 

プーチンは力の信奉者で、自分が危ういと思ったらいくらでも冷酷になれる人物だ、というのはそうなのだろうなと思う。(何を読んでも心温まるようなエピソードがひとつも出てこない。ある意味凄い)

自分もウクライナ侵攻には怒りを覚えているし、その責任の大半はプーチンにあると思う。

ただかと言って、「万能の悪」として印象づけることには疑問を感じる。「理念的に正しければ、事実認定は多少雑でもいい」というのは、とても危険な考えかただ。

全ての出来事の要因を一人の人間に帰してしまえば、その一人がいなくなったあと、残った「悪」に対処できなくなる。そしてそれは必ず残る。

実際にスターリンの独裁が終わった後に、プーチンが表舞台に出てきたのだから。

 

全体的には、「ロシア国民にとってもアメリカ国民にとっても害悪となる、巨悪プーチンは、いつか必ず滅ぶはずだ」というストーリーになっていた。

そういう内容だ、という前提で「まあ話半分で」と思いながら見るぶんには、プーチン施政下のロシアの様子や歴史がわかりやすくて面白い。

 

「アメリカにおけるロシアの出先機関である」と告発されたRTの局長が言った、「何が嘘で何が本当かは見た人間が判断することだ」というセリフが印象深かった。

「ロシアの手先」という告発に対する開き直りの文脈で言われたものだが、言葉のみで見れば、今の時代はこの判断が本当に難しいと感じる。

情報が洪水のように溢れているぶん、その真偽の判断を誰か(何か)に任せることが出来ず、一人一人が自分が見聞きした情報の真偽、玉石を判断しなければならない。

現代で一番気をつけなくてはいけないのは、「いち早く納得したい」と思う自分の心なのかもしれない。

 

私は、陰謀の暴露話を売りつけるためには、まったく独自のものを渡すのではなく、すでに相手が知っていることを、そしてとりわけ別の経路でより簡単に知っていそうなことだけを渡すべきだと考えるようになった。

人はすでに知っていることだけを信じる。これこそが「陰謀の普遍的形式」の素晴らしい点なのだ。

(引用元:「プラハの墓地」 ウンベルト・エーコ/橋本勝雄訳 東京創元社 P99/太字は引用者)

 

「プラハの墓地」で偽書作家のシモニーニが喝破した通り、人が騙されるのは「そうだったのか」と思う情報ではなく、「やっぱり思った通りだ」と思う情報だ。

どんなに緻密に作られた嘘よりも、自分自身の知識や認識、世界観に最も騙されやすい、ということは繰り返し覚えておかなければいけないなと思った。