子供のころ読んだ時はそこまで面白いと思わなかったが(なのでかなりうろ覚えだった。noteでタイトルを教えてもらった)大人になったいま久し振りに読んだら、滅茶苦茶面白かった。
時は清和天皇の時代。京の都では藤原良房が藤原家で初めて摂政の地位につき、これから藤原の世が始まろうとしていた。
仙術を操る偉大な妖狐・金剛と人間のあいだに生まれた半人半狐の少女くぬぎは、人間の母親を探すために山を下りて京にやってくる。
天皇の教育係を務める菅原道真と知り合い、追いかけてきた弟のちくまと共に居候になる。
そうして母親を探すうちに、天皇暗殺を巡る陰謀に巻き込まれる。
歴史や妖術、魑魅魍魎の設定がしっかりしていて陰謀やバトル要素が満載で読んでいて楽しい、明るく元気で狐の尻尾を持つという可愛い系キャラでいながら、自分の女性としての魅力もそこはかとなく理解している*1主人公のくぬぎ、三歳のケモミミ少年として登場し、十歳、ついには二十歳のケモミミ青年にまで成長する姉に求婚し続けるちくま*2など魅力的なキャラが満載、全3巻に魅力がぎっしり詰まっている。
出版元は、今はなき大陸書房だ。どこか復刊してくれないだろうか。
この話を覚えていたのは、くぬぎが弟*3のちくまではなく最後まで敵対していた金目というドン暗設定*4の男とくっついたからだ。
(引用元:「変化草子1 くぬぎの章」伊吹巡/篠原正美(画) 大陸書房)
「そんなフラグ*5あったか?」と子供心ながらに驚き、それで覚えていた。
金目は強力な妖術使いながら、暗い生い立ちのせいで無口で無表情、魄を囚われているために主人である藤原基経に絶対服従を強いられている。
基経に清和天皇の呪殺を命じられており、道真に頼まれて陰謀を阻止しようとするくぬぎとちくまの前に何度も立ちふさがる。
基経の妻になっているくぬぎの母・暁をそこはかとなく思慕しているような描写がある。くぬぎに対しては「暁の娘かもしれない」以上のことを思っているようには見えず、戦いでは(何しろくぬぎの視点しかわからないので)本気で殺しにかかっている。
ところがラストを読むと、金目は「くぬぎが成長し*6、恋愛感情を自覚するのを見守っている」ように読めるのだ。
いつの間にそんなことになったんだ。
「変化草子」は三人称一元視点で書かれているが、金目の視点はほとんど出てこない。
特に「くぬぎをどう思っているか」はすべて省かれているので、くぬぎの視点で見た金目の言動から「何を考えているか」を推測するしかない。
大人になったいま読んでも「金目がいつくぬぎを好きになったのか」「なぜ好きになったのか」「暁の娘だからくぬぎを好きになったのか」「そもそも恋愛感情として好きなのか」などが一切わからない。
だがよくよく読むと金目はくぬぎに「言わなくてもいいこと」をよく言っている。(くぬぎもそのことに疑問を持っている)
自分の持論の中に「無口で無表情、人と余り関わらない省エネのキャラが言わなくてもいいことを言う時、内容は関係なくその行為自体が好意の表れである」というものがある。
この持論に則ると、金目は出会った時からくぬぎのことが気になっていたのではと思う。
ただ作内描写だけではよくわからず、この「よくわからなさ」が結末を知った後に読み返すと面白い。
例えば宮廷に潜入するために着飾ったくぬぎが、高級菓子であるあられを見つけてバリバリ食べるシーンがある。その時、ふと視線を感じて振り向くと金目がいる。
くぬぎ視点だと「いつの間にか見られていた」「まったく気づかずひやりとする→恐ろしい男だ」という描写だが、「くぬぎの視点」を外してフラットに読むと「くぬぎがあられを食べている姿を影からずっと見ていた」という恋愛描写になる。
「恋愛描写」は「恋をしているキャラの心情に感情移入させること」が多いが、「恋愛など想定外」という先入観を外すと「実は恋愛要素があった」という逆転の描写になっているところが面白い。
「相手の視点や心情が一切わからないため、叙述トリックのような恋愛描写」になっている。
こういうよく出来た推理小説のような恋愛描写があるものが、もっと増えるといいな。
*ン十年ぶりに読んだらほんと面白かった。