うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語るブログ。

「30年以上、小説家であり続けるための超個人的な方法論」 村上春樹「職業としての小説家」感想

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この本に書かれていることの中で、自分が一番共感したのはこの言葉だ。 

僕は生きて成長していく過程の中で、試行錯誤を重ねつつ、僕自身のやり方をなんとか見つけていきました。トロロープさんはトロロープさんのやり方を見つけ、カフカさんはカフカさんのやり方を見つけました。あなたはあなたのやり方を見つけてください。身体的な面においても精神的な面においても、人それぞれに事情は違っているはずです。人それぞれに、それぞれのセオリーがあるでしょう。

(引用元:「職業としての小説家」村上春樹/新潮社/P207)

続けて「その中で自分のやり方がいくばくかの普遍性があって、誰かの参考になればそれはそれで嬉しい」と続く。

 

この本は「30年以上小説家としてあり続けるための」村上春樹個人の方法論が書かれた本だ。

本人が書いている通り、村上春樹でない人にとってその方法論がどこまで役に立つのかは分からない。ただ役に立つかどうかはともかく、「職業としての小説家」は、単純に読み物としてとても面白い。

他人の個人的な方法論というのは、その人の物の考え方や世界の見方、その強度のようなものが直接語られるよりもよく分かるので面白いな、と思った。

 

というわけで、以下は全て余談だ。

今の時代は情報が溢れているので、たくさんのメソッドや格言がいたるところで目につく。

「今の時代は転職するのが普通」

「レールに乗った人生はダメ」

「好きなことをして生きていくのがいい」

そして「そうなるためには、こうしたほうがいいよ」という経験談や情報で満載だ。

写真の撮り方やテントの張り方など、実用的な物事ならば既存の方法を参考にしたほうが早いけれど、「生き方」みたいなごく個人的なものは、その方法論が合うか合わないかは人それぞれだと思う。

 

個人的には30歳までは、「自分がどんな風に物事に向き合うのが合っているのか」という「自分のごく個人的な人生の方法論」を成立させるための期間だと思っている。

世の中には、自分の見える範囲内の物事は自分の手の内にないと落ち着かない人もいれば、他人のしいたレールに乗っかって、そこをいかに効率よく速く走るかを考えるほうが向いている人もいる。

一か所にどうしてもとどまれない人もいれば、何年も何十年も同じ場所にいて、そこにしっかりと根を張る生き方が性に合う人もいる。一人で自由に動いて思いついたことを即座に出来ないとイライラしてしまう人もいれば、自分一人では何もできなくても慣れ親しんだ場所で慣れ親しんだ人とチームを組むと、とてつもない力を発揮する人もいる。

 

村上春樹は「小説家として生きていこう」と決めたとき、それまで経営していてそれなりに客が入っていたジャズバーをたたんだ。小説からの収入よりも店からの収入の方が多く、店からの収入で生活している状態だったにも関わらずだ。

周囲の人からは「店は他人に任せて、自分は小説を書けばいいじゃないか」と勧められたが、「自分は何かをするときは、その物事に百パーセントコミットしたいから」と言って店を完全にやめてしまった。

 

この状況であれば、自分が周囲の人でも「店はとりあえず続けたら」と言うと思う。

「小説一本で食っていくってリスクが大きすぎるだろう。とりあえず上手くいって生活が安定したら、小説一本に絞ればいいんじゃないか」

そう思う。

でも村上春樹は、「自分にはそういう方法は合わない」と思ったのだ。

 

結果的に、村上春樹は小説家として成功した。

逆に一生規則正しく会社に勤務して働きながら、作家としても優れた作品を残したカフカやトロロープの生き方も本書で取り上げている。

大切なのは「小説家として成功するのはこういう人ですよ」「こういう方法なら成功しやすいですよ」という他人の言葉ではなく、自分で試行錯誤して血肉を削って自分に合う方法を見つけ出すことなんだろうと思う。

 

こういう方法論だって、聞いた瞬間に「その中で何が自分に必要か」ということが分かり、瞬時に自分用にカスタマイズして取り入れられる人もいる。(いるよなあ…。)

それが自分にとって「良さそうだな」と思っても、一度自分なりに一から十まで試してみないと納得がいかず、身につかない人もいる。

中には他人の経験談からの方法論なんて、ノイズでしかないという人もいる。

 

「人の言うことを聞かない人は大成しない」とか分かりやすい格言が語られることが多いけれど、本当に人はそれぞれだと思う。

素直に聞いて大成した人もいれば、自分なりのやり方を貫いて大成した人もいるだろう。

「大成しなかった人」は、格言なんて言っても誰も聞いてくれないから、一種の生存者バイアスもあるだろうし。

 

「自分を知る」というのは一生かかってもできるかどうかわからない難題だけれど、「自分に合った方法を知ること」「自分と外界との距離感をはかること」は普通に生きていれば、30歳くらいまでには何となく分かるんじゃないかな、と思っている。

個人的には30までで基軸となる自分に合った方法論がなくて、他人の視界で物事を見ていて他人のやり方で物事をなそうとするのはちょっと危ういんじゃないかと思う。

さらにマズいのは、そういう方法を自分で選択した上で結果が思わしくなかったときに、「〇〇さんがこう言っていたからこうしたのに」と総括してしまう人だ。

「自分の選択を他人のせいにするなんて最悪だ」と言いたいわけではなく、「結果を誰かのせい」にしてしまうと、検証がそこで終わってしまうのが一番の問題だと思う。

「なぜ、〇〇さんの言うことを自分は信じたのか」「なぜ、その相手の言う通りに選択をしたのか」ということを検証しないと、「誰かのいうことを、自分はどの基準で信じるのか」「それが今回、結果的に失敗に終わったのは何故なのか?」ということを修正や調整ができない。

 

これは、自分が今まで生きていたなかで組み立ててきた個人的な方法論のひとつだ。

普遍性や一般性があるのかどうかは分からない。

自分の中ではそれなりに有効性があると思っているけれど、それも経験則に過ぎないし、他人にとってはまったく意味のないことかもしれない。

ただ自分も「他人にはまったく通じないかもしれないけれど、自分にはピッタリのやり方」みたいなものを、頭を色んなところにぶつけたり、そこらへんでコケて泥だらけになったり、他人が聞いたら腹を抱えて笑われるようなことをやらかしながら少しずつ作ってきたので、冒頭に引用した言葉にいたく共感した。

 

この本は他にも「小説家にはどういう人が向いていて、どういう人が向いていないか」や「オリジナリティーとは何なのか」という、なかなか言葉では説明しにくい物事も、ひとつの意見として書かれている。

こういう「普通はぼんやりとしか把握できないこと」を、自分の言葉で説明できるところが村上春樹の強みであり、面白さのひとつだと思った。