うさるの厨二病な読書日記

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【ドラマ感想】アガサ・クリスティ原作/三谷幸喜脚本ドラマ「黒井戸殺し(アクロイド殺し)」

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2018年4月14日(土)に放送されたアガサ・クリスティの有名作「アクロイド殺し」を原作にしたドラマ「黒井戸殺し」の感想。

原作・ドラマを未読・未視聴のかたはご注意ください。

www.fujitv.co.jp

黒井戸ときたか

安久路さんとかかと思っていたけれど、黒井戸ときたか。

「どうやって映像化するんだろう」という興味もったし、トリックは知っている人のほうが多いだろうから、「トリックを知っているミステリーをどう楽しませるのか」という興味もあった。

この辺りは古畑で倒叙ミステリーをやっているので、三谷幸喜としては自信があったのかもしれない。

 

俳優はベテランの芸達者が多く、安心して楽しめた。

宣伝で野村萬斎の「勝呂武尊」を見たときは、ハマれるか心配だった。(「オリエント急行」は見ていない。)

ポアロは原作でも初対面の人には滑稽に見られがちだし、本人もそれを利用している面はあるんだけれど、いくら何でも大げさでコメディよりすぎないだろうか…と心配だった。

でも、見始めたらまったく違和感がなかった。

野村萬斎の演技は大げさなんだけれど、ずっと見ていても疲れない。むしろ、あの演技がなくなったら、物足りなく感じそうだ。

ドラマは勝呂だけではなく個性的な濃いキャラが多いのだけれど、ベテランの芸達者な人ばかり揃えているだけあって、単体ではどれだけ大げさな演技に見えても、どれだけ非現実的なキャラに見えても、ちゃんとドラマの1ピースに収まっている。

周りの人との足し引きが常に考えられている。

「その人のみが浮く」というのは、単体の演技が巧い下手もあるけれど、周りとの呼吸が合っていないからなんだなあ、と思った。

 

大泉洋は言うことなし。

ちょっと抜けてお人好しな感じの田舎の医師が、犯人だとバレた瞬間に発する、冷たい現実的な空気感とか、上手いよな~と思う。

 

意外にも良かったのが向井理。

主演などに抜擢されると力不足が目についたり、脇役の二枚目演技は目立たないと微妙な印象だったけれど、「甘ちゃんのダメお坊ちゃま春夫」がものすごくハマっていた。

たまたま演出と噛み合っていたのか、演技に磨きをかけたのかは分からないけれど、こういう役にありがちな「過剰なダメっぷり」や「過剰な滑稽さ」もなく、それでいながらどこがどうダメなのか伝わってくるいい演技だった。

妻に会いに来て見つかったときの逃げっぷりとか、柴に心の底から感謝しているシーンとか。

こういう三枚目役のほうが意外にハマるのかもしれない。自分のイメージの殻を破るためにもどんどんやって欲しい。

 

原作愛に溢れる脚本

クリスティの最も大きな武器

こういう原作があるもののドラマ化のときに、一番気になるのは「原作のいいところを分かっていて、それを活かしているかどうか」だ。

自分が「クリスティの最も大きな武器」と考えているのは、物語の上手さだ。

クリスティのミステリーはトリック単体を抜き出して考えると、「ちょっと弱いな」と思ったり「どこかで見たことあるな」と思うものが多い。

実際、「このトリックは、前のあの作品の変型では」と思うものもある。

 

自分の考えではクリスティのミステリーを支えるトリックはたったひとつで、「人はこういうものをこういう風に解釈しやすい」という読者に対して仕掛けられる錯覚だ。

ただそのたったひとつのトリックの使い方が、べらぼうに上手い。

クリスティは「読み手にこういう風に錯覚して欲しい」と思った通りに、常に錯覚させることができる。それは、「人がこういう状況にあったときに、どういう感覚を得て、その感覚からどういう結論や解釈を生み出すか」ということを知り尽くしているからだと思う。

その感覚の再現性が精巧なために、クリスティのミステリーは例えトリックも犯人も知っていても物語として楽しめる。何度読んでも「そう、ここでこう考えちゃうんだよな~」という感覚の再現……騙される楽しさがある。

 

「アクロイド殺し」でうまいと一番思ったのは、この箇所だ。

不意に、目の前にラルフ・ペイトンとファラーズ夫人が寄り添っている光景が浮かんだ。顔を寄せ合っている。一瞬、胸さわぎがした。

もし―いや! そんなことがあるはずがない。今日の午後、ラルフが何の屈託もなく私を迎えたことを憶い出した。ばかばかしい!

(引用元:「アクロイド殺し」 アガサ・クリスティ/田村隆一 早川書房P54)

 

シェパード医師が犯人だと知ったあとにここの独白を読むと「ファラーズ夫人が、ラルフに『シェパード医師に脅迫されている』と相談したのではないか、と心配している。でもその後、出会ったラルフはコチラが脅迫者だと知っている風には見えなかった」と考えているのが分かる。

でも知らずに読むと、「ラルフがファラーズ夫人を脅迫した男ではないか。でもその後、会ったラルフの無邪気な様子からはとてもそんな風には見えない」と読めるようになっている。

真相を知った後に読んでも、「真相を知らなければ、この話の流れならば何百編読んでも騙される」と思う。それでいながらクリスティはひと言も嘘は書いていない。

個人的には「ミスディレクション」とも少し違うように感じる。

登場人物の立ち位置とか状況などから「読者が勝手にそちらの解釈に行ってしまう」。クリスティは「こっちを見て」と言う必要すらなく、ありのままにポンと物事を出しているだけだ。

ただただ読者が自分自身の感覚に誘導されて、自分から誤った解釈に辿りついてしまう。

 

クリスティの作品の最も巧みな点、そしてクリスティが最もこだわった点は恐らくここだと思う。

それがありとあらゆる角度から仕掛けられ、しかもそれが余りに巧みなので、クリスティの作品を何作か読んでいても初読の作品では必ず騙される。「また、やられた」そう思う。

クリスティの作品を読んでいると、「物事をただありのままに見る」ということがいかに難しいか、自分がいかに「自分独自の感覚」に引きずられているか、ということを知ることができる。

 

原作への配慮と愛情を感じる

なのでクリスティの作品は「トリックと基本設定さえ押さえておけばいい」というものではなく、物語の構成や人物像が根幹に関わっている。

その辺りが分かっていなくて変な脚色をされると似て非なるものになると思う。ということが常に心配なんだけれど、インタビューを読んで三谷幸喜はさすがだなと思った。

 

普通のミステリーでは、犯人が分かった瞬間に、それ以外の人物への興味が薄れてしまいがちなんですが、脚本家としては、犯人以外の人物にもきちんと人生やドラマがあって、意味のある登場人物でなければいけない。『オリエント急行殺人事件』もそうでしたが、『アクロイド殺し』も登場人物全員にもきちんとした物語があるので、脚本家の“書きたい”という思いをかき立てる作品だと思ったからです。(中略)

原作を脚本家として読み直したときに、本当によくできていると改めて感じ、これは変に脚色したりしてはいけないものなんだと思いました。

 (「フジテレビ公式ホームページ 黒井戸殺し」より引用)

 

原作の構成や根幹にあるものはほぼ崩さず、それでいながら三谷幸喜ならではのコメディ要素や遊び心もしっかり入っていて、原作ファンも未読の人も楽しめる内容だった。

斉藤由貴が演じる姉の「田舎の情報通」な感じや屋敷の雰囲気などが再現されているのも良かった。

また「姉が実は余命半年だから、半年間だけ真実を公表しなければいい」という改変は、結局、姉に知られてショックを受けるのは同じじゃないか? 真実を公表しなければ春夫の疑いが晴れないし、という原作のちょっとした突っ込みどころに整合性を与えている。それでいながら「姉の病気のために、脅迫をしていた」という言い訳を許さない、クリスティの「殺人はどんな殺人でも悪」という潔癖さを尊重しているところなど、原作への尊重と愛情が感じられていいなあと思う。

 

最後に柴が自宅に帰ってきたときに、お姉さんに「お帰り」と言われたあと、「ただいま」と返すまで相当間があった。

柴の葛藤を表しているのだが、これだけ不自然な間があるのに、姉は何も言わずに会話を続けている。それが逆に「姉はすでにすべてを知っているのでは?」と思わせるような、面白い効果を生み出している。

実際に、原作では「私が最も恐れていたのはキャロラインだ。姉は気づいているかもしれないと、私は常にびくびくしていた」と言っているように、キャロインが気付く可能性が高い、とシェパードは考えている。

「アクロイド殺し」と同じトリックを使っているクリスティーの作品で、犯人の母親が、キャロラインと同じように「犯人の性格の弱さ」を指摘して、ラストで「あなたがやろうとしていることに気づいていた」と言っている。

そこを踏まえた上での演出なのだと思う。

 

でも、ここは残して欲しかった

と言うように、特に文句がつけようもない、とても面白いドラマだったんだけれど、個人的にここは好きなので残して欲しかったなと思う箇所が二つある。

ひとつは姉キャロラインがシェパード医師の性格が「ばかみたいに弱い」と語る場面だ。

ポアロがラルフのことを話しているようで、実はシェパードのことを話しているシーンはドラマにもあった。ただその前段階の、ミス・マープルの原型にもなったキャロラインのすさまじい洞察力を示すこの会話はなくなっていた。個人的には、残しておいて欲しかった。

「三谷幸喜が斉藤由貴をキャロラインに推した理由」が公式に載っていたけれど、自分の中ではキャロラインは「意地が悪い、詮索好きとすら思える鋭い洞察力」が一番重要なので、ちょっと解釈が違うのかなと思った。斉藤由貴のカナも、可愛くてよかったけれど。

もうひとつはフロラ(ドラマでは花子)が、自分の意思でお金を盗んだのではなく、母親に半ば強要されたという箇所だ。

確かにドラマとしてはそのほうがまとまりがいいのだけれど、原作のフロラはその後に「わたし、泥棒かもしれません。でも、とにかく、今は、真実のわたしなんです」「若くて単純で、無邪気な娘のふりをしなくていいんですもの」ととても印象的なセリフを言っている。

我が身を呈してでもラルフを守る気高さを持っていたり、盗みを働くほど苦しい境遇にあってそういう自分も「真実のわたしだ」と告白する強さを持っていたりと、脇役でいるのが惜しいくらい、誇り高く気丈で印象的な性格をしている。それが、それこそフロラが「演じていた」という、ただの「若くて単純で、無邪気な娘」になってしまっている。

このポイントを外してしまったのは残念だった。フロラの魅力が7割減くらいになっている。

 

まとめ:全体としては大満足

不満があるものの、正直それも「しいて言えば」程度のもので、全体的には大満足だ。

勝呂武尊もシリーズ化するのかな? ぜひ続けて欲しい。

テレ朝の「鏡が横にひび割れて」の記事で「次はアクロイド殺しかな?」と予想したけれど、テレ朝は「ミス・マープルものとノン・シリーズ」、フジテレビは勝呂武尊で「ポアロもの」と棲み分けるのかもしれない。

「オリエント急行の殺人」「アクロイド殺し」ときたから、知名度からいくと次は「ABC殺人事件」かなあ。ネタ的には「あいうえお」に変更してもできるし。

個人的には「五匹の子豚」「ナイルに死す」辺りをやって欲しい。

 

次回も楽しみにしています。

 

原作も何度読んでも面白い。

 

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