外伝ごとの感想を書こうと思ったのだけれど、アスプロス、デフテロス関連のエピソードが余りに秀逸かつ言いたいことが色々と出てきたので、この二人の関係について語りたい。
クリスに対して、デフテロスに言いたいことを言っている
本編と外伝のデフテロス編、アスプロス編を読んで、この二人がすれ違った原因が分かる気がした。
アスプロス編は、ウルスラとクリスの姉妹がアスプロス、デフテロスの写し絵になっている。アスプロスは何だかんだ言いながら、望まない力を与えられ姉と揉めているクリスに色々と言ってあげている。
読んでいて思うことは「クリスに言っていることを、デフテロスに言えばいいのでは」ということだ。
もちろんメタ視点で見れば、「それをデフテロスに言えないから、あんなに関係がこじれた」というのは分かるのだけれど、物語内視点だとどうしてもそう言いたくなる。
外伝12卷のアスプロス編は「お前が言うな」感がすごい。終始、ツッコミが止まらない。
エアハートに操られたクリスに「逃げるな! 闘え!」「今すぐ、闘う相手を決めろ」とかね。えええええ。
これも自分が今後操る(つもりの)デフテロスに言っている、というのが読んでいるほうには分かるようになっている。自分を尊敬し立ててくれて「兄さんの影になります」とか物分かりのいい顔で言うデフテロスに、言ってやりたくてたまらないイライラがにじみ出ている。
アスプロスもさすがに、自分がデフテロスに言いたくても言えないことをクリスに代わりに喋っているということは分かっていると思うが(いや、怪しい)それをデフテロス本人にはどうしても言えなかったのだろう。(クリスに対するアスプロスの態度が、アスプロスのデフテロスに対する本心になっている。言いたいことを言って相手がシュンとすると、マズったと思ってフォローする優しさもある。)
そして言えないでイライラをため込んだまま、「もし操っても、俺がおかしくなって悪に落ちても、文句を言わずに俺の影でいるのかよ。どこまでやったら、俺に反発するんだ。自己主張するんだよ」と思うところまで行きついてしまった。
アスプロスは「いい子」すぎる。
アスプロスがなぜ、クリスに言っている本心をデフテロスには言えなかったのか、と言えば、結局のところ、アスプロスは根は真面目で優しい人間だからだろう。だからデフテロスに対する不満やうざったさを封じ込め、「優しく尊敬できるお兄ちゃん」であり続けようとした。
本編を見ても外伝を見ても終始上から目線のカッコつけで、誰にも弱みを見せられない。昔は優等生の仮面をつけて頑張り続け、それが限界にきたら不良の仮面を身につける。
「自分と同じなはずなのに、貧乏くじを引いた可哀相な弟」がいるから、自分の弱さをさらけ出せない。
クリスに対して言ったように「重い運命は分かるけれど、うじうじすんな」「自分でその運命と戦え」「言いたいことがあるなら言え」「弱い人間ぶっていい子ぶってムカつく」「面倒な姉との関係なんて捨てちまえ」とは、デフテロスには言えなかった。
アスプロスはデフテロスに対して、強い罪悪感と「そういう格差があってさえ、負けたらどうしよう」という不安があった。
そういう気持ちを一切出さずに、「生まれつき不幸な運命を背負った弟を庇う、優しいお兄ちゃん」を頑張ってやり続けた。
デフテロスは菩薩の領域に入っている。
さらに話がこじれるのは、デフテロスも「いい子」だからだ。
デフテロスは何も悪くないのだが、デフテロスのアスプロスに対する物分かり良さ、いい子ぶりがアスプロスを追い詰めたのだと思う。
この辺りはウルスラがクリスにぶつけた思いと同じ構図だ。勝手な欲望で自分の背中を焼いたり斬ったりする姉とも争おうとはせず、それどころか危ないときは助ける妹に、ウルスラは強い苛立ちをぶつけている。
不公平な運命を背負い虐げられているデフテロスが「いい子」でいる限り、アスプロスは「もっといい子」でいるしかない。
アスプロスは、自分とデフテロスが争ったのは杳馬のせいだと思っていたようだが、これは違うのではと思った。
直接の原因はこれだろう。
(引用元:「聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話外伝12巻」車田正美/手代木史織 秋田書店)
「この世界の仕組みを変えなきゃならない」
「生まれや育ち、人種や迷信で自由に生きられない者が多すぎる。お前がそうだ。悔しいよ! より才能がある、心が強い者にこそ、道が拓かれるべきなんだ。そう思うだろ」
「良いんだな? アスプロス。そんな世界で俺が力をつけても」
「オレとお前が対等に生きる世界。それはきっと」
最初読んだとき、正直引いた。
懸命に二人の未来を試行錯誤している人に対して「お前、本当にそう思っているの?」「本当にそうなったら、お前のほうこそヤバいんじゃないの?」と言うのはかなり無神経だし、人の心を踏みにじる発言だ。口が裂けても言ってはいけない。
デフテロスが不遇なのはアスプロスのせいではなく、アスプロスが言うように構造の問題だ。
アスプロスにこういう嫌味を言うのは、ただの八つ当たりだ。しかもアスプロスにはデフテロスに対する負い目があるから、言い返せないことも見越した八つ当たりだろう。ちょっとないよな~。
ただ外伝11卷デフテロス編や本編を読むと、これはアスプロスの妄想の可能性が高い。
こんなことをデフテロスが思っているんじゃないか、と考えてしまうくらい追い詰められていたという描写だと思う。
そしてこの二人の関係においてはこういう「口が裂けても言ってはいけない最低のこと」を、むしろデフテロスが言ったほうが良かったのではないか、と思うのだ。
何故かと言えば、アスプロスが「デフテロスがこう思っているのではないか」と考えているということは、アスプロスがデフテロスの立場だったらそう思うということだからだ。
しかし、デフテロスは何も言わない。なぜ言わないのかがアスプロスには分からない。
だから「こう考えているのでは」「ああ考えているのでは」「その目はなんだ」「俺に成り代わりたいのか」と考えて、通りすがりの杳馬のひと言さえ「そうなんだ」と信じてしまう。
デフテロスがなぜ言わないか、と言えば、そんなことはまったく考えていないからだ。デフテロスは訳の分からない理由で差別され、理不尽な境遇に置かれているのにも関わらず、自分から影を引き受けるくらいアスプロスを心の底から尊敬していた。
それどころかそんな境遇に自分を置く聖域に対して(内心はともかく)行動では反発もせず、自分に会いに来たデジェルがいい人間だったために、言うことを受け入れて共闘すらする。
アスプロスとの個人的な因縁があるとはいえ、アスプロスが亡きあと、双子座の聖闘士としてアテナと聖域のために闘っている。
「いい子」というより、「できた人」「菩薩かよ」としか言い様がない。
つまりデフテロスは「不遇な境遇でも兄を尊敬し、兄の影を自ら引き受ける」ということをすることで、光り輝いてアスプロスを影にしてしまっているのだ。
デジェルがアスプロスに会ったときに「(デフテロスは)君と似ているようで似ていない」と言っていたが、自分も同感だ。
同じ双子でありながら、デフテロスは強靭な心を持っている。一方アスプロスは優秀であっても、心の強さは普通……むしろ普通よりもやや繊細なのだと思う。
デフテロスよりも「いい子である」のは不可能だ。
そのうえ、構造の中でデフテロスとやっていく道「自分が教皇になり、デフテロスを表舞台に出し補佐をしてもらう」も閉ざされてしまった。
セージの判断は限界ギリギリまで頑張っていたアスプロスの背中に、最後の一押しを加えてしまった。
セージには、アスプロスのフォローをして欲しかった。
マニゴルドの師匠であるセージのことを余り悪くは言いたくないのだけれど、デフテロスの境遇はもちろん、アスプロスへの対応を見ると、セージは教皇としてどうなんだ?と思う。
こういう風に追い詰められていることに早めに気づいて、フォローを入れられなかったのだろうか。
「シジフォスを次期教皇に決めた」という噂を流してアスプロスを試すというのもどうかと思う。試すということは相手に対する不信のメッセージを含むから、相手の心を傷つける。
アスプロスは実際に反逆を考えていたけれど、それは結果論だ。巫女の殺害を疑っているならば、本人に問いただすのが筋だと思うのだ。
「聖域のため、世界平和のためには個人の心が犠牲になっても仕方がない」というのなら、その構造はやっぱり改めるべきだと思う。
「面倒くささ」こそがアスプロスの魅力。
外伝12卷を読んで、アスプロスはデフテロスに言いたいことが山ほどあったんだと気づいた。
小さいころから「お前うざい」「お前ムカつく」「同じ双子なのに、不公平だ」と言い合っておけば、殺し合うまでは仲がこじれなかったのではと思う。(後の展開やクリスに対する言葉を見るに、潜在的には恐らくもともとそういう気持ちを持っていたのだと思う。)
そういう気持ちを一切出さずに、「生まれつき不幸な運命を背負った弟を庇う、優しいお兄ちゃん」を頑張ってやり続けた。不幸な境遇でも文句ひとつ言わない、自分に八つ当たりも恨み言も言わないデフテロスに対抗意識もあっただろう。
何だかんだ言って優しい人だと思うのだが、同時にあまりに面倒くさい性格をしている。
アスプロス本人もそういう自分が、自分自身にとってもデフテロスにとっても「面倒くさい奴」であることが分かっていたのだろう。自分の写し絵である、ウルスラのことを「面倒な姉」(←笑った)と言うところにそれがよく表れている。
頭が良くて最強と呼ばれる能力を持ち優秀なアスプロスだが、一番肝心なこと、自分の気持ちが何も分かっていなかった。
限界ギリギリまで優等生の仮面をかぶり続け、他人に「お前が言うか」的なツッコミどころ満載の説教をする形じゃないと自分の本心も話せない。
勝手に我慢し続け、勝手に爆発する。
滅茶苦茶面倒臭い人なのだが、この面倒くささこそがアスプロスの魅力だと思うのだ。
外伝二冊は敵を兄弟姉妹に設定することで、それぞれがお互いに思っていたことを表す構図になっている。二人は本当はお互いのことをこう思っていたんだ、ということを直接言わせず、読者が分かるようにする作りは相変わらずうまい。
お互いに遠慮せず、こういう風に腹を割って話せたら、きっと二人で仲良く生きていけたのだろうと思うと切ない。
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