*本記事にはアニメ「巌窟王」のネタバレが含まれています。
アニメ「巌窟王」を観終わった。
「父母の人間関係に巻き込まれただけのアルベールから見たら、伯爵の復讐譚はどう見えるのだろう?」という疑問に答えつつ、ただの改変ではなく原作とは違う、少年の憧れと成長を描いた話として作られていた。
背景設定をSFにして大胆なキャラデや挑戦的な演出を取り入れつつ、原作愛が感じられる。
大デュマもこれなら大満足しそう。
決闘が巨大ロボの戦闘なのには驚いた。面白かった。
原作の筋をほぼ変えず、アルベールの話になっているところが凄い
ストーリーはほぼ原作を踏襲しているのに、ちゃんとアルベールの物語になっている。
アルベールの心境や言動がメインなので 、伯爵が憧れの対象として以上に、アルベールにとって疑似的な父親に近い描き方がされている。
二人の関係が疑似親子として描かれることで、よりアルベールが伯爵に裏切られたことの苦しみが伝わってくる。だからこそ裏切られてもなお伯爵を止めようとするアルベールの言動や、「誰も恨むな」というフランツの遺言が重みを持つ。
母親のメルセデスに説得されたら、ひと晩で翻意した原作のアルベールの言動には若干ご都合主義的なものを感じてしまうのだが、アニメではその心境に至るまでの葛藤が丹念に描かれている。
原作とは違い、アルベールは父親であるフェルナンと伯爵について白黒を判定しなかった。
アルベールは真実を知った後も父親を全否定せずに、エデを殺そうとする父親に情で訴えかける。
それは伯爵に対しても同じだ。
どちらの「父親」も最後まで「父親」として慕い、自分の思いを訴え続けたところが良かった。
「父親に自分の考えを物申す」ことで、アルベールは成長し大人になったのだと伝わってきた。
脇役が最高だった
伯爵、フェルナン、ダングラール、ヴィルフォールと主要キャラは全員良かったが、中でも伯爵は非情さを表す外見、アルベールが憧れに足る大人の様子、その中に垣間見えるダンテスの優しさなど凄く好きなキャラだ。
それと同じくらい良かったのがサブキャラ、というよりサブサブキャラたちだ。
功利的に見えて、友人思いのリュシアンとボーシャン。
特にリュシアンは、最初は出世のためにユージェニーの母親と関係を持っているという最悪の印象から始まっているので、ギャップから好感度が急上昇した。
伯爵の部下であるベルッチォ、バティスタン、アリの三人が特に好きだった。伯爵とフェルナンが戦っているところに戦艦で突っ込むシーンには痺れた。伯爵に地獄までお供する覚悟でいながら、非情になりきれないところもいい。
エデはキャラデが最高だった。特にオペラ座のドレスが良かった。
伯爵の死後も、三人がエデを支えていて嬉しい。
復讐に生きるひねくれた卑屈な悪党のアンドレアも好きだ。
母子相姦の展開は驚いた。復讐もあれど、母の愛を別な形で、という思いもあったのかな、完全な妄想だが。
フランツはフェルナンの反転だ。
アルベールに最後まで自分の気持ちを話さず、その幸せを願って命まで捧げた。
フランツの死がアルベールの伯爵への恨みを浄化させて、さらに物語的に人の思いは永遠に変わらないこともありうると語っている。
伯爵の復讐心をテーマ的に覆しているのは、フランツなのだ。
難を言えばフランツがあそこまで思い込むほどの魅力がアルベールにあるのか? と思うと「?」となるところだけれど、恋とはそういうものかもしれない。
メルセデスが残念キャラすぎて、逆に面白かった。
原作ではフェルナンの裏切りの象徴程度の扱いのメルセデス。
アニメは設定がSFなので、フェルナンの求婚を断って一人で生きて行くことも出来た背景があったため、色々と矛盾が生じてしまった。
「ダンテスは死んだと聞かされたからフェルナンと結婚した」(しかもそれを本人に言いかける)のもひどいが、さらにフェルナンと結婚してからの二十五年間もダンテスのことを片時も忘れたことはなかった、と言い出したときは驚いた。
「どえっ!」と声が出てしまった。
忘れたことがないのは心の問題だから仕方がないが、それをダンテスやフェルナンに言うのはどういうことだ。都合よすぎだろう。(とフェルナンにも言われていたが)
フェルナンと結婚している間、子供も設けたのに、ずっとダンテスのことを考えていたのか~。ちょっとないよな。
アルベールには先祖代々からの貴族の家柄だと嘘をついていたし。
何だかんだ言って、自分の利益を追求して立ち回るタイプなんだと思うが、まったくそうは見えないところをフェルナンがメタ的視点で「お前の綺麗ごとにはうんざりだ」と言ったのではないか。
全然響いている感じがなかったけれど。
二十五年も連れ添った相手がこれでは、フェルナンが若干おかしくなるのも無理はないかもしれない。
メルセデスの人物描写の平板さを見ると、「NTRは女性を取り合っているようで男同士の関係性が最も重要」という説に頷く。
ダングラールがダンテスを陥れたのは、保身のためでも出世のためでもなく、「ただお前という人間に俺の目の前から消えて欲しかった」と言っていたことが印象深かった。
フェルナンもメルセデスがどうしても諦められなかったというより、こちらの気持ちのほうが強かったんじゃないかな。根拠はないけれど。
フェルナンのダンテスに対するコンプレックスを示唆した点も、アニメ版の良かったところだ。
メルセデスの残念ぶりも含めて、とても面白かった。
こういう風に古典に新しい解釈を加えて、別のストーリーとして見せるという試みをもっと見てみたい。