主にソシュール以後の構造主義、ポスト構造主義周辺の思想を取り上げている。
この本の良かったところは二点ある。
構造主義はソシュールから始まってラカン、バルト、レヴィ=ストロースなどが有名くらいのおおまかなことしか知らなくても、それがどういう経緯で生まれたどういう思想なのか、そしてだいたいどういうことが語られているのかということが、分かるように書かれている。
元々は放送大学で行われた講義を基にしているので、とても分かりやすい。
「興味があるけれど、何から読んでいいのか分からない」という人には、入門書として最適だと思う。
自分のような初心者から見ると、哲学や思想という分野の難しさは、その前の時代に語られたことを前提としていたり、他の思想の批判として出てきているものが多いので「その人の思想だけを知ればいい」というものではないこと、またその時代背景や歴史、他の分野などとも密接に結びついていて、そこから出てきた考え方を前提としているので、全体像をつかまないと訳がわからないのに、全体像をつかむのがとても大変な部分にある。
特に自分は、全体像をつかまないと各論を説明されても、何が何だか理解できないタイプなので(「一を聞いて十を知る」の逆で、「一から十を聞かないと、一は何かがわからない」残念なタイプ。)この本のようにひとつひとつの思想はざっくりとで構わないから、大まかな流れを教えてくれる本はとてもありがたい。
この本のもうひとつの良い点は、ある程度知識がある人や「ここに書かれている思想や考え方は何の訳に立つのか?」という人のために、後半で現代で問題になっていることについて語っているところだ。
いわば基礎知識編のあと、応用問題編に進む作りになっている。
国家やナショナリズムとは何なのか、戦争について、ジェンダーやマイノリティの問題、性差や国の差などから生まれる多様性について、AIの登場で「人間」という存在をどうとらえるか、状況の変化が激しい現代でどう意識を変えていくか、そのためのクレオールやマルチチュードという新しい概念についての話など、よくある「哲学や思想は、実生活に何の役にも立たないのでは?」という疑問に、現代で問題になっている事柄の見方を提示することで答えている。
ある程度知識が既にあって、「前半は必要最小限のことを説明している程度だな」と思う人でも、後半は現代の問題に対する著者の物の見方と自分との物の見方の相違が楽しめる作りになっている。
自分では公平な物の見方をしようとしているつもりだけれど、その「公平な物の見方」という発想自体が、近代に発展した合理的思考の枠が標準的である程度正しいものだ、と自然に思っていることなんだなと、後半を読んで思った。
そういう思想がなぜ「正しいもの」として生まれたのか、そしてその反動として現代に過激な宗教団体やナショナリズムが台頭しているという考えかたは興味深く、身につまされた。
そういう「自分が当たり前だと思っている枠の外にさらに枠がある」という考え方を、押しつけてくるのではなく、自然に提示してくれる。
また巻末の読書案内では、その章ごとに語ったことに対するおススメの参考図書が書かれている。
「この内容だと物足りない」という人は、さらに興味のある分野は知識を深められるようになっている。「これを知るためだったらこれ」「この分野だったらこの本から読むのがおススメ」「これはちょっと訳に問題がある」などのひと言解説付きで親切だ。
そこにあげられている本だけでも膨大な量で、天井まで届く書棚に囲まれた部屋に放り込まれたようで、眺めていると何だか楽しくなる。
ひとつ不満があるとすれば、詳しく語られている人物とさわり程度しか触れられていない人物の差が激しい点だ。
ソシュール、フーコー、ブルデュー、マクルーハンなどは著者の専門が近いのか、話したいテーマだったのか、ほぼ一章を用いて書かれているのだが(特にフーコーやブルデューの考え方が分かりやすく面白く語られていて、もっと知りたくなる。ハビトゥスなど、今の時代の格差問題について考えるときにすでに組み込まれている概念だけれど、語としては初めて聞いた。)ポスト構造主義以降になるとガタリやドゥルーズが名前を触れられている程度になっている。
全てを語るとなると、触りだけでも膨大な量になると思うので仕方がないと思うのだが、他の思想についてもフーコーやブルデューくらい書いてもらえると嬉しかった。
逆に記号学や言語学などの説明は、無味乾燥でつまらなそうという先入観をなくしてくれるものだった。
知識をただ学ぶ、覚えるのではなく、実際に使うとはこういうことか、とすごく分かりやすかった。
考え方自体は昔に生まれたものでも、杓子定規にとらえるのではなく、自分なりの使いかたを考えれば、今の時代でも十分に考え方のひとつとして使うことができる。
正方形を正面から見ると四角にしか見えないけれど、遠くから眺めたり、上から眺めたり、押して転がしてみたりすると別の見え方になり、そこから別の考え方ができる。
自分にとって哲学や思想というのは、自分の身体の浮かし方や正方形の転がし方を教えてくれるものだ。転がしたあと、こんな風にも見えるのか、こんな風に見る人がいるのか、この位置から自分なりにこう考えてみようと思うときがとても楽しい。
この本は「こんなものを押すのは無理だろう」と思っている自分のような人間にも、「こういう押し方なら少し動くから、やってみてはどうか」と教えてくれ、「自分の力でもう少し押せる」と励ましてくれるものだった。
こちらと読み比べしようと思っていたのだが、そもそも取り上げている時代や人物が違った。
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