うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

今村昌弘「魔眼の匣の殺人」は、遊び心満載の上質なホワイダニットだった。

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*「魔眼の匣の殺人」を未読のかたはご注意ください。未読のかたは作品を読んでから本記事を読まれることをおススメします。

 

魔眼の匣の殺人

魔眼の匣の殺人

 

 「屍人荘の殺人」はまあまあ面白かったけれど、シリーズものとして追いかけたいと思うほどではなかったので、「魔眼の匣の殺人」はさほど期待していなかった。

兄ちゃんが貸してくれたので、せっかくだから読んでみた。

 

メチャクチャ面白かった。

 

「クローズト・サークル」は閉じ込められた人間を追い詰める。

「サキミを殺したい人間がその目論見とサキミとの関係を隠して魔眼の匣にやってきており、そのときに起こる殺人を予知した」という最初に想定していた構図が、真相を覆うカモフラージュになっている。

「殺人を予知した」のではなく、「予知があるから殺人が起きた」

「殺人のためにクローズド・サークルになった」のではなく、「クローズド・サークルになったから、殺人が起きた」

「予知」と「クローズト・サークル」というふたつの条件が、偶然その地を訪れた人間を殺人者にしてしまった。

「トリック」やアガサ・クリスティの記事でも書いたが、「こう見えたものが実はこうだった」という話が大好きなので、その好みにピタリとはまった。

 

かなり上質な「ホワイダニット」だと思う。

元々は存在していなかった動機が、いくつもの偶然が重なってその瞬間だけできてしまった、というのは自分が知っている限りでは新しいパターンだ。

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こういう抽象的な概念からくる動機は、上の記事でも紹介したあの作品を彷彿させる。

 

動機への納得度を高めるために、「クローズド・サークル」の特性に言及するなどの遊び心もいい。

「クローズド・サークル」に閉じ込められたときの心理や、「犯人にとっても、実は避けたい状況」という主張(これが、この作品のクローズド・サークルは、犯人が意図したものではないし、犯人はこの状況を歓迎していない、というメタ視点でのヒントになっている)など、あの手この手で楽しませる仕掛けがあって、読んでいて飽きない。

 

「犯人も『サキミの予知というクローズド・サークル』から逃れるために殺人を犯した」

という風に見ることもでき、さらに「幽霊の呪い」というクローズド・サークルにも閉じ込められていた、「サキミになりすましていた岡部も、自分の妄執にずっと閉じ込められていた」という二重三重の「閉じ込められた」物語の構造が、綺麗にまとめられている。

 

動機は、映像で観たほうが納得度が高そうだ。

魔眼の匣の薄暗い不気味さ、「閉じ込められた」という状況、自分達を生け贄にした村人の異常なまでのサキミの予知への畏怖、実際に臼井の死を目の当たりにしたことなどの条件が積み重ねられているので、動機に不自然さは感じなかった。

人間は環境の生き物なので、異常な状況下で、思いもよらない人が思いもよらないことをしてしまう。

そういう風に人を追いやる「条件」が、うまく配置されていたと思う。

 

ただ「納得がいかない」という人の気持ちも分からないでもない。

「そういう風に思い詰めてしまう異常な状況下」と頭では理解できても、読み手の気持ちを、登場人物の感覚を体感するまで引き込むには至っていない気がする。

「思いもよらない行動をとってしまう追い詰められた恐怖心、緊迫感に読者を引きずり込む力」は、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」や綾辻行人の「時計館の殺人」、米澤穂信の「インシテミル」などに比べるとかなり弱い気がする。

視覚的に「魔眼の匣」の内部の暗さや気味悪さが体感できると、納得しやすいかもしれない。

「屍人荘の殺人」よりも、こちらの映画化が見たい。

 

難を言えば、主人公コンビの魅力がイマイチなところ。

気になった点は、比留子、葉村コンビに余り魅力を感じないところだ。

ワトソン役の葉村は目立たなくてもいいと思うが、比留子はただの「美少女探偵」以上のものを感じない。シリーズもので二人の活躍が見たい、とは余り思えない。

 

今作の最後の落ちである岡部の扱いにも、「比留子の魅力のなさ」が現れている。

岡部自身が十色を殺害したならばともかく、いわゆる「期待の堆積」だ。

個人的には岡部が十色にしたことよりも、十色の祖父が岡部にしたことのほうが何十倍もひどいと思う。

「騙された」と気づいたあとの人生を岡部自身が選んだのはそう通りだけれど、そこまで岡部に心の強さを期待するわりには、十色が能力に悩んでいることに関してはやけに繊細に扱うのが解せない。

それは「比留子が自分と十色を重ね合わせていたからだ」ということは分かるが、それならば書き手や読み手視点では、「比留子の思い入れかたが偏っている」という解釈を入れて欲しい。

作内の価値観が「比留子の感じ方が間違っていない」で一貫しており、恋心を利用されて騙され、思いもよらぬ人生を歩むことになった岡部を、「プライドが高い」と人格まで含めて一方的に断罪するのは、読んでいて気分が良くなかった。

 

そういう作内作外含めて「比留子の主人公補正」が強いのも、このシリーズのコンビに魅力を感じない理由だ。

こういう「キャラの魅力の押し売り」は読んでいてかなり白けた気持ちになる。上げ要員である周りのキャラの評価まで下がるのでどうかなと思う。

個人的には推理小説は探偵も作者の駒くらいの扱いの、離れた距離感で書いてもらうのがちょうどいい。

 

ただその点をのぞけば、繰り返し読みたくなるくらい面白かった。

次回作にも期待したい。

 

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